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「い・ず・み~…あんた隠し切れてないのよっ」 昼休憩の時間になってエミに背中をパシンッと叩かれた。 首筋を指差されて、私は嫌な予感がした。 「コンシーラーで誤魔化してるつもりでしょうけど…首の裏は塗りが甘いわね。…どんだけ昨夜激しかったのよ?」 由樹に強請られて朝からしたのはいいけど…私がつけたキスマークに対する10倍返しの跡は消すのに苦労した。首筋、胸元、腰、太腿…あらゆる場所に残された紅い花弁は、結構主張が激しかった。コンシーラーを厚く塗ってもうっすら見えてしまう具合だった。 「昨夜どころか…今朝の話だけどね…」 「はぁ~…新婚とはいえ、真面目な泉が出勤前にエッチしてくるとはねー…変われば変わるもんだわ」 エミに「声を小さくして!」とお願いすると、「ごめんごめん」と軽く謝罪された。 そして小声で「藤川とはどうなったの。告られたりした?」と囁かれた。 「…ノーコメント」 「なによー、あたしと泉の仲じゃない~…」 エミは文句を言いながらも自分のデスクへ引っ込んで行った。 本人から直接言われたわけじゃないから、勝手なことは言えない。 由樹が言うには藤川君は好きな人がいるから自分に関わらないで欲しいと父親に言い放ち、父親からの渡された次のターゲットは私だったらしい。 こんな言い方をするって事は、エミは藤川君の気持ちを前から知っていたって事なんだろう。何だか藤川君に申し訳なくて、今日は挨拶以上の会話が出来なかった。藤川君も私に必要以上に話かけてこなかったので、彼も気まずさを感じているのだろう。 ふと藤川君の方をちらっと見たら、藤川君もこちらを見ていたらしく目が合ってしまった。 「…これ」 デスク越しに投げられたメモをこっそり見ると、『夜、少し時間が欲しい』とだけ書いてあった。 このままうやむやには出来ないし、今日は由樹も出かけて(昨夜やっと合鍵を受け取ってくれた)帰ってくるのは遅いと言っていたから、丁度良い機会かもしれない。 私は『いいよ』とだけ書いて紙を渡した。 藤川君の表情が少しだけ明るくなったのが目の端に映った。 「…それで、大体の話はアイツから聞いていると思うんだけど…」 仕事が終わってから、私達は駅の近くのカフェに居た。 向かい合いながら、私はアイスカフェモカを、藤川君はアイスコーヒーを注文して座った。 少し言い辛そうに目線を反らす顔は、確かに由樹と少し似ている気がした。 「俺の家のゴタゴタに巻き込んじゃって、本当に申し訳なかった!」 突然頭を下げた藤川君に、驚いてしまい私は慌てて彼の肩に手を添えた。 肩は少し震えている。彼も、きっと会った事のない彼のお兄さんもずっと苦労をしてきたんだろう。由樹と出会ってなかったら、私は彼を支えてあげたいと思ってしまったかもしれない。…でも、私にはもう支えたい相手がいる。肩に手を添えて頭を上げてもらう以上の事は出来ないし、しちゃいけないと思う。 「…葉科に対する俺の気持ちも、知られちゃったと思うけど。俺、本気だから」 「…藤川君…」 真っ直ぐ見つめられると怯んでしまう。よく見ると藤川君の瞳も色素の薄い茶色だった。今更になって気付く。二人がよく似ている事に。二人を重ねる事は一番しちゃいけない事なのに、似ている箇所ばかり目がいってしまう。 「もし葉科が高瀬由樹から逃げたかったら、俺…いつでも協力するから」 藤川君はそれだけ言うと伝票を持って行ってしまった。 残された私は手付かずのカフェモカを一口飲んで、彼の言った“逃げたい”とはどういう意味だろうと考えていた。 早く、由樹に会いたくなった。
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