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【ルー・ガルー】
「この街には怪物がいるんだ」
僕の前に座る女性が呟いた。
「獣のような声を上げながら、狙った人間を切り刻む。どんなに屈強な男でも、剣や銃を持った奴でも……奴に掛かれば一瞬。首をスパッと切られるのさ」
「……」
「不思議な事に、その怪物は『決して姿を見せない』。朝になると霧のように消えて、後には犠牲者が倒れているだけ。凶器も靴の跡も、何一つ残されていないのさ……更に不思議な事に、奴が動くのは決まって満月の夜。だから皆はこう呼ぶんだ。狼人間ってね」
椅子をくるりと回し、女性は僕にウインクした。
深い青の瞳に長い黒髪。右手には上品な万年筆を握り、空いた左手の下には原稿用紙。全身は黒いスーツに包まれている一方で、首の赤いネクタイが存在感を強く放っていた。
「おや、もうこんな時間。それに今日は満月だ……君も早く帰った方がいい。一人が心細いなら、私が送ってあげてもいいよ? 」
「……そうはいかないんですよ」
例えこの街に怪物がいても、自分の体が齧られても。僕は今夜、この人の元から離れる訳にはいかない。これは僕に与えられた使命。果たさなければ帰る場所はないのだ。
「君も強情だなぁ。何をそんなにこだわっているんだい? 」
「……貴方の力が必要だからです」
「もう締め切りが目前なんですよ⁉︎ その話も良いですけど、いい加減原稿も出してくれませんかね。ラピス先生‼︎ 」
……そう。人気作家のラピス・ヌックス。彼女の原稿を今夜十二時までに持って行かないと、僕は編集長に「首を切られる」のだ。
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