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編集長への報告を終えた後。僕は先生と一緒に出版社の屋上に来た。
うちは小さな出版社だから、屋上でも周りのビルを見上げるばかり。お世辞にも良い眺めとは言えない。……でも、夜景を下から見るのも悪くはない。
「この傘いいだろ。欲しいだろうけどあげないぞ? 」
「いりませんよ。大事なものじゃないですか」
狼人間は満月の光を浴びると、問答無用で変身、暴走してしまう。先生は類い稀な「自我を持ったまま変身できる」狼人間だが、誰かに見られる可能性がある以上、夜間の外出時は「日傘」ならぬ「月傘」を持ち歩いているのだ。
「そう言えば先生、徹夜してたって言ってましたけど、あれって……」
「おっとそれ以上言うな。私はプライベートは秘密にしたいタイプなんだ」
先生はそう言ったけれど、僕は何をしていたか分かった気がした。
「先週から毎日来ていた」と言うディグさんの言葉。先生の「やっと見つけたよ」、そして「見つからなくて当然さ。私みたいな狼の嗅覚でもないとね」。
これらの言葉から考えるに、先生は毎晩酒場に行って情報を集めたり、狼人間の匂いを辿ったりしていたのだろう。
だからさっきも狼人間が近くにいることを察して、僕を自分の家から引き離した……丁寧に「帰ってこなくてもいいよ」と言って。
「でも先生、本当にあの原稿、一時間以内に書いたんですか? 」
「勿論さ」
「どうやったんです? 」
「簡単な事さ。狼は持久力に優れた動物で、一度狙った獲物を逃さない性格だってことは知ってるだろ? 」
「ええ」
「月の光を浴びて狼人間になって、持久力と執着心を上げて書きまくった。話は出来てるんだから、足りなかったのは体力とやる気だったんだ」
は?
「やっぱり私は天才だ。これでギリギリまでのんびり出来る。真面目にコツコツよりも、一気に集中した方が良いってことを……」
何言ってんだこの狼と突っ込もうとした時、先生の体がコテっと倒れた。
「あ、やべ。眠い」
「徹夜続きで変身したんだから当然です‼︎ 肩貸しますから、一緒に帰りしょう⁉︎ 」
「何だ君。狼の私に送り狼するのか」
「誤解を招く発言はやめ……あぁ‼︎ 月の光がぁ‼︎ 」
摩天楼を照らす月明かりの中で、もこもこ尻尾と耳が伸びる先生。立ってくださいと話しかけても、一週間徹夜の彼女はすっかり夢の中。
……あぁ。今夜は僕も徹夜かな。
〜終〜
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