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銀の弾丸は、狼人間に人間が対抗する唯一の手段だ。純粋な銀であれば、その威力は僅かでも致死量に匹敵する。
狼人間は掴んでいた先生を放し、顔を抑えて転げ回る。その隙に先生は体制を立て直し、僕の隣に着地した。
「おいおい、頭に当たっても死なないじゃないか。安物か? 」
「うちの予算じゃ銀メッキが関の山なんです‼︎ 誰かさんの執筆が遅いせいで、いつもカツカツなんですよ⁉︎ 」
「なるほど。早く書けば『こっちの仕事』も楽になるのか。勉強になった」
もう何回も繰り返したやり取り。それでも先生のマイペースは変わらないから、きっと一生このままなのだろう。
狼人間は潰れた右目を抑えると、残った左目を開いて僕達を睨みつけた。僕は背筋がぞっとするのを感じたが、隣の先生は至って平然としている。
「さぁライカ君、あとは頼んだよ。安物でも数十発当てれば終わるだろ」
「なに楽しようとしてるんですか。いつも通り一発しかありませんって」
「冗談だよ。……さぁ化け物、私が相手だ」
カツ、カツと前に出る先生。まるで気ままな散歩のように、のんびりと狼人間に向かって行く。
一方狼人間は目を潰された怒りに満ちていたのだろう。口から粘ついた涎を撒き散らし、長い爪で串刺しにしようと突進してくる。
片やゆったり歩く作家。片や血に飢えた獣。しかし僕は知っている。本当の「獣」がどちらであるかを。
「焦っちゃいけないよ。自分のペースを乱したら、その時点でもう負けさ」
二つの影の距離が狭まる。
「目を潰されても怒ったら駄目だ。相手の事が『本当に』見えなくなる……覚えておくと、これからきっと役に立つよ」
狼人間の爪が伸びる。
「最も、君に言っても無駄かもね」
爪が突き刺さる瞬間、先生は体を捻って避けた。再びつんのめった狼人間。ガラ空きになる背後。先生は思い切り飛び上がると、狼人間の後頭部をぐっと掴んだ。
「私を相手にした時点で……」
「君に『これから』なんて無い」
叩きつけられた狼人間の頭は、凄まじい音を立てて地面を砕いた。
辺り一面に立ち上る煙。それが晴れた時、僕の前に残っていたのは……
「……十一時五九分。全部間に合っただろ 」
狼人間の屍に腰掛けた先生だった。
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