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「ちょっと先生、バレたらまずいですって‼︎ 」
「気にするな。散々待たせたお詫びだ」
高層ビルの上を疾走する先生。それに抱えられている僕。
残り一分以内に原稿を持ち帰るのは無理かと思っていたら、先生が
「行くぞ」
と僕を掴み、一気に飛び上がったから驚いた。
ビルとビルの隙間を飛び回り、出版社までの最短ルートを駆け回る。僕としては胃がひっくり返りそうなのだが、時間内に間に合う方法がこれしかないから仕方ない。
……先生が狼人間である事は、僕と編集長、そしてディグさんを含めた数人しか知らない。人気作家ラピス・ヌックスが怪物である事を知られたら、うちの出版社は終わりだ。だから先生には、あまりこの姿で人前に出て欲しくはないのだが……
「はい到着。でも止まれないから突っ込むよ」
「え、ちょっと、待ってくださ⁉︎ 」
気がつくとそこは出版社。目の前に迫る窓ガラス。
隣のビルの屋上から飛んだ先生は、騒音とか費用とか、そんな物は御構い無し。「最も早く到着する方法」として、「窓を割って突入」を選んでしまった。
「……これはこれはラピス先生。散々原稿を待たせた上に窓を破壊、おまけに狼人間の姿で街を駆け回るとは。流石一流作家の考えることは違いますなぁ……」
「照れるなぁ」
顔に怒りしか見えない編集長と、彼の皮肉に照れる先生。二人の間で困惑する僕。
「あの、原稿……」
「十一時五十九分五十六秒……はぁ。何でいつもギリギリ『間に合う』のかねぇ。一度でも遅れれば、辞めて貰う口実も出来るのに」
「ん。この小さな出版社、私がいなくても成り立つのかい? 」
「成り立たない。だから遅れると困るんだよ……それとライカ。狩りをしたんだろ? 今夜の獲物は? 」
編集長の目が変わった。
「はい。二メートル級の狼人間、単独種、知性は道具を扱う程度。頭部を粉砕して完全に殺傷しました」
「元となった人間は? 」
「三名殺害の容疑で、指名手配中の男でした。後の処理は警察に任せます」
編集長はそこまで聞くと、ふうと深く息をした。
「ご苦労だった。噂は聞いていたが、中々見つからなくて参っていたんだ」
「狼人間は、昼間は普通の人だもんねぇ。おまけに殺人犯ともなりゃ、滅多に人前にも出てこないだろ? そりゃ見つからなくて当然さ。私みたいな狼の嗅覚でもないとね」
けらけら笑う先生。
「……我々が狩りを始めて一年は経つが、先生には敵わんな」
「安心してよ。何かあっても、私がまるっと全部やっつけてやるさ」
そう。僕達は先生の本を出版している裏で、街を騒がせる狼人間を狩り続けている。街の安全を守る為……そして狼人間になった先生を、元の姿に戻す為に。
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