《 2 》

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《 2 》

 パン屋の朝は早い。五時には出社して、七時の開店準備に間に合わせる。  大学三年から始め、最初はレジしかやらせてもらえなかったが、段々食パンとか菓子パンを造るところまで任せてもらえるようになり、わたしは毎日油の染みを到るところにつけながら、カレーパンを揚げている。早朝の三時間は時給が高いからここのシフトは絶対外せない。  改札前にあるせいか売上は上々で、八時から十時の間は朝ごはんを食べ損ねた通勤前のサラリーマンがかっさらうようにいくつかの菓子パンを買い込み、十一時から二時の間は昼用に近くに住む主婦や年配の方が焼き立てのクロワッサンとできたてのカツサンドを狙って買いに来る。  夕方になると明日の朝食用にバケットをと、こだわりのスライス方法を注文して来る主婦が多い。夜は八時が閉店だが、帰宅してきたサラリーマンが家に帰るまでの道中、夕飯までの小腹を満たすためにあんぱんだの、クリームパンを一つか二つ買っていく。  今日は早番だったので、昼頃までの勤務だった。  レジ対応を終えてあがる直前、 「よっ」  と声をかけられる。ギターを背負った匠だった。 「うわ、びっくりした」  帽子を外し、油臭いエプロンをたたむと、急いで後ろに隠した。 「そんな驚くことないだろ。練習前に寄ってみた。一緒に行こ。てか疲れてる? 顔。なんかニキビっぽいの、痛そう」  この歳にしてまさかとは思うが、匠はまた背が伸びた気がする。 「え、嘘。し、失礼な。てかわたし、一回家帰ってシャワー浴びないと」  後ろで握ったエプロンをぎゅっとする。 「じゃあ、ここで待ってるよ。話したいことあるし。何がおすすめ?」  わたしはカツサンドと、カルツォーネを指す。 「話したいことって?」 「ん、ベースの尋がやめるかもって話」  匠はいくつかトレーに載せると、会計を済ませイートインスペースの方へ向かった。
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