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《 3 》
シャワーを浴びながら、さっきの匠の背中を思い出す。
「じゃあ待ってる」って文字をそこに貼り付けたみたいに素直に、わたしのことを待ってくれてた、あの放課後の記憶がまるで昨日のことのように蘇る。
高一の九月、二学期になってわたしたちは初めて言葉を交わした。
ガリ勉で成績を保つためにどこの部活にも入っていなかったわたしに匠は声をかけてきた。窓の向こう、夕暮れの校庭に甲高く響く笑い声が聞こえる。
「一条さん、バンドとか興味ない?」
「……どうしてわたしに声をかけるの」
「どの部活にも入らないってことは、単純にどれにも興味が持てないのか、何か他にやりたいことがあるってことでしょ」
「どの部活にも興味が持てないだけだよ。だから軽音部にも入らないよ」
小さく答えると
「別に部活ってものに誘ってるわけじゃない。一緒にバンドっていう、音楽の夢に走っていける仲間を探してるんだ。自分の人生に、未来に音楽があったらいいなって思うんだ」
未来――勉強とか受験とか大学とか、それ以外で未来の話をする人に初めて出会った気がした。匠の描くその未来に、もしわたしもいたら……そう考えると、モノクロだったわたしの未来が彩り始めた。
匠は柔和な笑みを浮かべると
「興味あったら教えて。じゃあ待ってるよ」
それだけ言い、教室を出ていくその背中はみるみるうちに夕陽に染められていく。わたしは追いかけるように廊下へ出ると、声をかけていた。
「やる、一緒に」
バンドというものに最初から興味があったわけじゃない。キーボードだって、昔ピアノを少しかじっていたのでまずは自分ができるものと言う意味で選んだ。
でもいつしか匠の夢がわたしの夢になり、二人の夢になった。さらに三人のメンバーを加えて、わたしたちは夢に向かって、走り出した。
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