遠くよりも近くは見えない

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 年齢と先輩後輩ということは変えることはできない。  けれど、努力して変えられるものだってある。  それからの佳珠葉の生活は、全く違うものになった。   夜ふかしをしなくなり、バランスのとれた食事作りを心がけ、休みの日でも規則正しい生活を心がけた。  毎日、時間を見つけては家でストレッチや機械がなくても出来るトレーニング取り入れ、姿勢や歩き方まで意識するようになった。  さらにオールインワンジェルしか使っていなかったことも見直し、自分に合ったスキンケアを取り入れると、次第に肌荒れは治り始めた。  調子がいいのは肌だけではなく、生活にも充実を感じるようになったのだ。  これまでは、自信がなくてあまり外出は好きではなかったが、背筋を伸ばして歩き、好きな店に入り色々なものを目にする。  これまでにはないことばかりで、毎日が楽しい。  その気分のまま、由紀とのディナーに出かければーー。 「最近、キレイになった?」 「えっ? そう?」 「もおー、とぼけないでよ! 何があったの?」  なに、と言われても困ってしまう。  年下同僚に興味が湧いたからなのか、その過程で色々生活を見直したからなのか。  きっと、その全部なのかもしれないが、理由を知りたがる由紀をなんとかかわした。  美味しい食事と、友人との会話。  そして、久しぶりに飲んだ赤ワインでほろ酔いかげんで由紀と別れ、駅への道を歩いていると、慣れ親しんではいるけど、日曜日には一度も聞いたことのない声に呼び止められた。 「本間先輩?」 「あれ、望月くん?」  酔もあって、力の抜けたふにゃりとした笑顔を向ければ、彼は口元を片手で覆った。 「どうしたの?」 「先輩……酔ってます?」 「ううん、少し食事の時に飲んだだけ」 「この時間に食事ってことは……」  最後の方は声が小さすぎて聞き取れなくて、よく聞こうと近づけば、強い意思のこもった目で見つめられた。 「最近、キレイになりましたよね。もちろん、先輩は前からキレイですけど、最近はより内側から輝いてるんです。それって、彼氏さんのためですか?」  酔った頭では、イマイチ彼の言っていることが分からない。  佳珠葉にはこれまで彼氏がいたことなんて、ただの一度もないのに。 「それは、あんなに泣くほど好きな相手ですか?」 「あんなにっていつ?」  ほんとに分からず聞き返せば、望月は苛立ったように自分の髪に指を突っ込んだ。 「すごい目が晴れて出社する前の日に、うきうきと会いに行った相手ですよ」  それは、推しが脱退するという騒ぎの次の日のことだ。 「いや、彼氏じゃなくて」 「嘘つかないでください。手帳にハートマークがついてたのが、ちらっと見えたんですよ?」  少し拗ねたような言い方に、佳珠葉は思わず笑ってしまった。  彼はいもしない彼氏に、よくわからない敵対心を持っているらしい。  このまま、この状態でいるのは可愛そうだが、何をどこから話そうか悩む。  自分の自惚れでもいい、勘違いでもいい。  もしかしたら。  そんな勇気を胸に、佳珠葉は少し背伸びをして耳元に唇を近づけた。 「あれはね……」  この先を話したら、彼はどんな反応をするんだろうか。  そんな楽しみを胸に、包み隠さず囁いた。
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