遠くよりも近くは見えない

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 飲むんじゃなかった。  翌日、朝起きてから出勤して、自分のデスクにたどり着くまでに、佳珠葉は何度も心の中で呟いた。  頭はズキズキと痛むし、朝鏡を見たら肌荒れを起こしていて、最近では久しぶりにニキビができていた。  韓国アイドルを好きになってから、スキンケアには気をつけていたのに、昨夜のビールと脂っこいおつまみがいけなかったのだと反省していた。  踏んだり蹴ったりとは、まさにこのことだ。  どんよりと落ち込みながらパソコンのスイッチを入れようと手を伸ばせば、キーボードに影が落ちた。 「本間先輩、おはようございます」 「おはよう」  そう返しながらこめかみを揉めば、目の前にマグカップが置かれた。 「これ、酔い覚ましのハーブティーですから飲んでください」 「えっ?」 「昨日の様子から、なんとなくそんな気がしたんです。でも、良かったです」  ありがたくマグカップに口をつけると、隣からほっと息を吐く音がした。 「目の腫れはないから、昨日は泣かなかったみたいですね」  思わず真っ暗な画面に映る自分の顔を見ると、たしかに肌荒れを起こしてはいるがブサイクなほど目元が腫れているということはない。  そんなことを気にしてくれていることに驚いている佳珠葉の頭の中には、昨夜の由紀の言葉が蘇った。 『だからさ、いい加減……あんたも現実の男に目を向けなって。あたしみたいに』  ちらりと、盗み見れば真剣な横顔に、彼はこんなにかっこよかっただろうかという気持ちになる。  心の奥底で、今まで聞いたことのない音を奏でた。  もう遥か昔に忘れてきたせいで、名前も思い出せないような感情だ。  だが、そこで違う現実が目の前にぶら下がった。 『なに考えてるの。彼は年下じゃない。それに、自分は新入社員時代の彼の指導役だったじゃないの!』  佳珠葉はありがたくカップに口をつけて、心も落ち着けようとした。  けれど、そんな努力も虚しく、ふとした時に目が望月を追いかける。  キーボードを打つ姿。  書類をめくる姿。  これまで気にしてこなかったが、おでこの辺りからすっと通った鼻筋までのラインが綺麗で、会社の女の子達が彼が入社してきた時に騒いでいたのも分かる気がした。  あのときは、誰が指導役になるかでもめ始め、まったく興味のなさそうな佳珠葉が上司の独断で選ばれたのだ。  色気も無ければ、歳も離れていたせいか、他の子たちからの反発もなかった。  あの時は、新入社員を立派な社員にしなければと思っていて、じっくり外見を見たこともない。  すべての興味は、推しに捧げられていたから。  現実に目を向けて、その相手がよく見えるのは感情のせいなのだろうか。
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