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その日の勇気との“おうちデート”は、いつもよりも楽しいものとなった。
相変わらず彼は映画を見て謎の感想をこぼしているし、時折ベランダや窓際の植物を見に行って私を辟易させてはいるが。それも今日までのはずだ、と思えば嬉しくならないはずがないのである。
そう、今日までだ――あの憎たらしい三つ子のサボテンを見るのは。
今日はお泊りデート。音にも光にも鈍感な彼は、一度眠ったら決まった時間まではまず目を覚まさないことを知っている。なら、やることは簡単だ。彼が夜眠った後に、そのベッド際からサボテンを持ち出してやればいい。
風呂場で私がそいつをいくらすり潰していても、彼はきっと何も気づかずぐっすり眠っているだろう。あとは、間違えて鉢植えを割ってしまったとか、とにかくそんな言い訳でも考えておけばいいのだ。
彼が次に起きる頃には、完璧な美人になった私が出来上がっている。
きっと潰れたサボテンなんかすぐに忘れて、私の方を見てくれることだろう。
「ふふっ……」
先日私が潰したものより、ずっと大きく成長したサボテン。私はそれを風呂場に起き、にやつきながら告げたのである。
「あんたがいけないのよ。私から、勇気を奪おうとするから」
じゃあ死んでね、と。そう言いながらサボテンを引き抜こうと手を伸ばしたその時だった。
ぶすっ。
何かが、人指し指を貫いた。え、と私は唖然として己の右手を見る。私の人差し指の腹を貫き、爪さえも割って飛び出している何か。
それは、刺だった。
何本もの小さな刺が束状となり、頑強な針となって私の指を突き刺したのである。
「ぎっ……!?」
激痛が這い上がり、絶叫しようとした。そのはずだった。しかし。
次の瞬間悲鳴さえも忘れるほど、私の脳を満たしたのは。ノイズ混じりの“何か”の声だ。
『 キ
エ
ル
ノ ハ
オ
マ
エ
ダ』
次の瞬間。大量に増殖した“針”が、まっすぐ私の眼球に迫るのが見えた。
直後真っ黒に塗りつぶされる景色。そして肉を裂き、骨を割り、神経をすり潰す音――激痛、激痛、激痛。
惨劇を正しく理解出来るよりも前に。私の意識は、ミンチになって彼方へと消えていったのである。
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