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きれい、きれい。
「ねえ、見てみてこの子!買っちゃったー!」
勇気が買ってきたその鉢植えを見て、私は思わずげっと呻いていた。彼が手にひらにちょこんと乗っけているのは、いわゆるサボテンというやつで。大量のふわふわした刺を生やした丸い物体が、私の大好きな彼の手の上を我が物顔に占拠しているのである。
面白い筈がない。
ただでさえ彼は植物マニアで、一度熱中しだすと私のことなどほったらかしで草木のお世話ばかりをする面倒な人であるのに。
「ちょっと、また買って来たの?高いんじゃないの?」
彼の爽やかな見目と優しい性格が好きで、付き合うことになった私達であるが。残念ながら、私と彼は性格も趣味も全くと言っていいほど合わなかったりする。学生時代まではどこに行ってもラブレターやらなんやらが途切れなかった私だというのに、彼はそんな私の魅力にちっとも気づいている様子がないのだ。
告白してきたのは向こうなのだから、私のことが嫌いなはずはないのだが。
そもそも好きだと言ってきた理由が私の容姿ではなく、“声が花びらを散らしているみたいでとっても綺麗だから!”というよくわからないものである。その時点で、嫌な予感を感じても良かったのかもしれない。今まで付き合って私の見目を褒めなかった男はいないし、私と付き合って私を最優先にしなかった男も一人もいなかったというのに。
彼は、家族も友人も恋人も趣味も同じくらい大事にしようとする。
普通恋人に“デートに行きたい”と誘われたら、例え家族や友人の先約があってもこちらを優先するのが筋ではないのだろうか。
映画に行きたい、と言ったらいくら自分がおうちでのんびりするのが好きなインドア派でも、彼女の趣味を重んじて外に行くことを選ぶのが彼氏というものではないのか。
彼ときたら、デートはおうちデートばかり。
映画を見ると言ったら、家で配信やレンタルDVDを見るのが基本。
しかも非常に奥手。この私を相手に、未だに押し倒すどころかキスしようとしてくる気配もないなんて、本当にどうかしている。
「そんな高くないよ!ね、とっても可愛いと思わない?三つ団子みたいにくっついて、まるで兄弟みたいだよね!」
「なんでそんな植物ばっかり……」
「だって好きんだよ、お花見てると癒されない?」
私は忌々しいという気持ちを隠しもせず、三つ団子状態のサボテンを見る。なんでそんな植物ばっかり、という私の台詞の後ろにどんな言葉が続くのか、彼は想像できないのだろうか。そんなものより私の方を構って欲しい、なんて。言葉ではっきり言うまでもなく、それくらい空気を読んでわかってほしいというのに。
彼はうきうきとした顔で、ベランダにサボテンを連れていった。植え替えをするつもりなのだろう。サボテンというからには太陽が好きで、多分そんなに水は必要ないに違いない。それくらい私にだってわかることだ。ただ、それ以上を知りたいと思うことなどないというだけで。
女の子はお花が好き、なんて。もし本気で彼がそう思っているなら、そんな腐った固定概念はとっとと投げ捨てて頂きたいものである。
正確には、私だって花が別段嫌いというわけではない。ただ、好き、と呼ぶにはあまりにも複雑な感情を抱きすぎているというだけで。
――なんで、あんた達ばっかり愛でられるのよ。
ポインセチアだの、向日葵だの、パンジーだの。彼の住むこのマンションの一室のベランダは、季節によって様々な花がプランターと鉢植えに並ぶことになる。どれか一つ枯れて清々したと思ったら、彼はしょうこりもなく次を買ってくるのだ。そして、私にも花の魅力を勧めようと躍起になってくる。私はもはや、自分よりも構われるそれら植物に嫉妬する勢いだというのに。
今まで私と一緒にいて、私を一番に見なかった男は一人もいなかった。
目の前の彼は平気で、私を二番手にも三番手にも置く。そんな喋れもしない、水をやらなければ簡単に枯れてしまうような脆弱な存在を優先させて。
――腹が立つ。あのサボテンも、さっさと枯れてしまえばいいのよ。
残念ながら。私のそんな呪詛に反して、彼のサボテンはそう簡単に朽ちる気配がなかったのである。
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