0人が本棚に入れています
本棚に追加
ピッ・・・ピッ・・・ピッ・・・
静まる無機質な白い部屋に響くのは無情な機械音。
部屋の中は呼吸毎に鼻を刺激する消毒の不快な匂いで染みきっている。
それから逃げるように私はトイレに駆け込んだ。
今どきのトイレには何処でもご丁寧に化粧室が設けられている。
私はその前を小走りで駆け抜けると、手洗い場で無意味に手を濡らしていた。
どうして彼なんだ――
『ほら、やっぱり。こっちの方が可愛い』
聞こえる筈のない声に反応して顔を上げると、そこに見えたのは彼ではなく、鏡に映る自分の顔。
紫色の花が着いた少し子供っぽいヘアピン。
何度見たって似合ってなどいない。
カサカサの唇が着いたニキビいっぱいの顔――
「この顔に、こんな綺麗な物が似合う筈がないじゃない!」
私は勢い良くそれを掴み取ると投げ捨てようと目一杯腕を上げた――でも、強く握った拳を開く事が出来なかった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
気が付くと私は一心不乱に顔に冷水をかけて、両掌で洗っている事に気づき、手を止め鏡を見ると、顔の皮膚が赤くなりヒリヒリ傷んでいる。
だけど、そんな事はどうでもよかった。
『キモイんだよブス』
『うわ、病気なんじゃないの?』
『伝染るから寄るなよ!』
『そうだ!皆で治してあげようよ、チョークの粉とか効きそうじゃない!?』
瞼についた水を手の甲で拭って、私はトイレから出ようと来た道を辿って歩いた。
ポタポタ・・・ポタポタ・・・
長い前髪から水が止めどなく滴り落ちている。
私だったら良かったのに――
「そこのお嬢さん。君の素敵な雨を賛して私が君を助けてあげよう」
長く眼前で垂れた髪の、薄い隙間から覗き見ると、そこには烏のように真っ黒な男が立っていた。
彼は冷たい微笑みをたたえて私に手を差し出す。
「彼を、救いたくはないか?」
最初のコメントを投稿しよう!