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「まずは、雲クリームのことを、全部教えてあげられなくて申し訳ない」
席に戻り、幸久と向かい合う形になった蒼衣は、まずは自分のミスを謝ることにした。
雲クリームの温度変化と、製造中にあたたかい空気が入り込むと爆発することを説明する。
「これは僕のミスだ。君を危険な目に遭わせて申し訳ない」
本来、蒼衣がきちんと彼のそばについて指導していれば防げた事故だ。それを忙しさを理由に放置してしまったのは、紛れもなく蒼衣のミスだろう。
すると彼は「なんで」と顔を歪ませた。
「なんで怒鳴るとか、責めるとか、しないんですか」
彼から「困惑」の気持ちが――先ほどのフィナンシェを食べてもらったのだ――伝わってくる。
「怒鳴って責められても、信頼関係はできなかったよ。少なくとも、今までの経験ではね」
脳裏に五村が浮かぶ。あのとき、少しでも歩み寄ってくれれば。そして、自分も歩み寄れば。五村はどう思ってるかわからないが、少なくとも自分は、彼のような指導はできないし、したくなかった。
「雲クリームは、魔力含有食材の中でも、事故率が昔から高い食材なんだ。僕も昔、その特性を知らなくて同じように爆発させたことがあってね。知っていれば、君はきっと爆発させなかった。でも、知る時間も、機会も与えなかったのは、師匠である僕の責任だ」
大体のトラブルは、知識と経験不足によるものだ。幸久がどれだけ手際が良かったとしても、それは「魔力含有食材のことを上手く扱える」とは限らない。そこは、蒼衣の反省する部分だ。
「だからこそ、僕と一緒に働いて、魔法菓子や魔力含有食材のことを、覚えてほしい。それは、君の本当にやりたいことの力になるよ」
彼が本当に目指しているのは、広江だ。だが、そこにたどり着くためには、ここを越えていかねばならない。
しばらくの間、無言の時が流れる。
幸久が、おもむろに顔を上げた。
「……俺が要領よくやれることを、シェフがもっと分かってくれれば、一年と言わず、すぐに母さんの弟子になれると、思ったんです」
内容だけなら威勢が良いが、その実彼の声はか細く、弱かった。
慢心と、焦りと、そして後悔の気持ちが、蒼衣に伝わる。
「俺のためになるって母さんは言ったけど、小さな店だし、皿洗いばっかりだし、シェフはどっか間が抜けてるしで……正直、舐めてました。でも、その結果があの爆発。そうですよ、俺、知らなかった。知らなかったのに、俺でもやれる、見せてやりたいって思って。なのに」
顔を覆い、震える声で幸久が言う。
「俺のこと心配して、手だってあんなに冷たくなっちゃって。今だってこうして、自分のミスを謝って……どんだけお人好しなんですか」
だが、彼は心底落ち込み、混乱し戸惑っている。
おそらく、幸久自身もわかっていないのだろう。暗雲の中、気持ちが見えない不安……だから、雲クリームを作る……安易に成果を出そうと、極端な行動に走ったのかもしれない。
「身勝手で爆発させて馬鹿みたいだし、マジ恥ずかしいんですよ。だから、クビだと思って」
たしかに、青臭くて、身勝手で、確かに「馬鹿みたいな」理由だ。
今までいた店なら……たとえば、パルフェであれば、即背中に蹴りを入れられ、荷物ごと勝手口から投げ出されているだろう。まさに彼が言う「クビ」である。
だが、蒼衣は知っているのだ。こういう「馬鹿みたいな」理由で動きたくなることを。
夏前の講習会で、慢心に駆られて五村へ話しかけた自分が蘇る。あのとき感じた羞恥や情けなさと、今の幸久の気持ちは似ているように思えた。
――そう、これはきっと、幸久なりの「自分を見てくれ」というメッセージだ。
「正直に教えてくれてありがとう。うん、なんだか、自分はやれそうだ、っていう気持ちのときってあるよね。魔が差した、っていうか。そんな感じの」
幸久が、顔を上げる。「シェフでもそんなことあるんですか」と零れた声に「つい、最近ね。しかも、否定された」と苦笑する。
「自分を見てくれ、って前に出過ぎてね。彼とは価値観が違うのに、勝手に期待して、勝手に傷ついて。傍から見れば、子どもが駄々をこねてるような感じだったと思う。でも……」
信頼、は短い時間で作られるものではないとわかっている。だが、一回の失敗ごときできっかけを失ってしまうのは、あまりにも無情だ。そんな苦しみを、弟子に味合わせたくない。
「それでも僕を信じてくれるひとがいたから、今、僕は職人をしているんだ。だから、僕も君のことを信じたい。クビになんてしたくないよ。でも、最後は君が決めることだ。君の人生だからね」
「俺の、人生」
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