recette2 期待の大型新人と雲クリームの反乱

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 人が良すぎる、と八代に言われても、いくら鈍いところを軽んじられても。  自分の店だからこそ、丁寧に、ゆっくり育てていきたい。  だが、それは今、蒼衣が勝手に思っていることに過ぎない。   「幸久くん。僕の作った『金のミニフィナンシェ』の味は……君がここで働く価値があると思うかい?」  自分と幸久の関係にいびつさがあったのは「他人から与えられた選択肢」だったからだ。  蒼衣自身も、広江に良い顔をしたかったばかりに、彼の気持ちを無視していた。今、それを確かめれば……皆、納得できるかもしれない。  自分で決めることは、とても難しいし勇気がいるけれど、とてもとても、大切なことだ。 「……シェフの『金のミニフィナンシェ』。母さんのレシピを借りたって言ってましたけど、別物です。母さんのと似てるけど、違う。でも、今の俺には、その違いがわからない……だから」  彼の心に渦巻いている感情は、混沌としている。受け止めきれない感情の波が、彼の心を揺さぶっている。しかし、波に抗っていることもまた、伝わってくるのだった。 「まだ、ここで働きます。天竺蒼衣と、三蔵広江の違いがわかるまで」  宣言されると同時に、じっと見つめられる。伝わってくる強い意志の気持ちにやや気圧され、蒼衣は「はひっ」と間の抜けた声を出してしまった。  幸久が、アルバイトを辞めるのは阻止できたようだった。  そして同時に、自分とは違う価値観とプライドで生きるこの青年と、一緒に働きたくことが楽しいのではないか、とふと思った。  誰かと一緒にいるのが面白そう、と思ったのは、八代以外ではひさびさではないだろうか。 「うん……改めて、よろしくね」  ああ、これが八代の言う「面白い」ってことか。  なんだか違う世界が見えたようで、蒼衣はその期待に胸が膨らむのであった。 ::: 「蒼衣、金のフィナンシェが『アタリ』なこと、知ってただろ」  閉店後、幸久が帰った後の店内。帰り支度をしていた八代が、蒼衣に話しかけた。 「……ばれてた?」  やはり八代にはばれていたのか。蒼衣は「ごめんなさい」と誰に言うでもなく謝る。  蒼衣は、師の広江ほど「魔力含有食材の声を聞く」ことはできないが、魔力を感じることは出来る。たとえば、焼きあがった「金のミニフィナンシェ」に、金の粒が入っているものを見つけ出すのは可能だ。 「結果オーライだからいいけど……おまえには珍しい啖呵の切り方で、俺は驚いちゃったぜ。いやあ、ほんと、お菓子が関わると、ずいぶんとしたたかだなぁ」 「ああいうときにさ、やっぱり、追っかけてほしいのかなあって。師匠……お母さんにも突き放されて、僕にまで突き放されたら、悲しい、と思って。甘いのは重々承知してるよ。だから、最後に『君が働くのに値する味なのか』って、選んでもらった」  十八歳は、子どもとは言えないが、大人ほど、うまく振る舞うのは難しいだろう。蒼衣自身でさえ、つい最近まで八代に泣きついていたのだ。彼の複雑な心境を思った蒼衣は、見過ごすことができなかったのだ。 「僕も、彼に恥じないようにがんばらないと」  選んでもらった以上、蒼衣も「師匠」としてがんばらねばならない。新たに決意を固めていると「パーティシーエくーん」と八代が忍び寄り、大きく肩を組んできた。 「うわっ、だからいきなりはやめてってば」 「ハハハ……でも、あんまりがんばりすぎんなよ。俺だって、幸久くんだって、頼っていいんだからな」 「そう、だね」  一人だけでがんばらなくてもいい、と学んだのはつい最近だ。気張るとどうしても忘れがちになるそれを、思い出させてくれるのはいつだって八代だ。 「なにせ、これから……地獄の冬だからな」  しみじみ呟かれた八代の言葉に、蒼衣は思わず「ゲッ」とカエルがつぶれたような声が出た。  地獄の冬……クリスマスから母の日にかけて、冬から春はケーキ屋の繁忙期だ。特に、クリスマスは去年を思い出すだけでもゾッとする。 「……あんまり考えたくなかったことをさらっと言わないでくれるかな、店長さん!」 「今年は人員も増えたからな! がんばれ負けるなパティシエくん!」 「あああまた徹夜の日々が始まるのか~!」 「その前にハロウィンだぞ」  ひとまずは、カボチャのお祭りをなんとかしないといけない。蒼衣はひたひたと近づいてくる冬の足音に戦々恐々とするのだった。
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