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十月三十一日の夜、商店街のハロウィンイベント開催日である。
会場となった商店街の大通りには、古今東西、さまざまな仮装に身を包んだひとたちが歩き、適度な賑わいを見せていた。
「雨が降らないでよかったね」
商店街の大通りに配置――Cブロックの角――に配置された『魔法菓子店 ピロート』のテントの中に、蒼衣と幸久は立っていた。
店先に現れたお客が、店頭に並べられた箱を指さす。
「わー、めっちゃかわいい箱! ランタンみたい」
「ケーキは、食べるときに光るんですよ」
興味を持ってくれたお客に、蒼衣は説明を滑り込ませる。
「だからランタンっぽいパッケージなんですね」
お客の目の前にずらりと並ぶ、小さな縦長のパッケージは、明るい橙の光を灯したファンシーなランタンの絵が印刷されている。小窓のように小さく紙を切り抜かれた部分から見えるのは『ランタン・モンブラン』のクリーム部分だ。
お客は会計が済むと、箱の上部に付けられた紐を持って、揺らしながら店を去って行った。
「幸久くんの考えたパッケージ、すごく人気だね。素敵なアイディアだよ」
浅野の無茶ぶりに対し、幸久は「ランタンの絵が印刷され、中身がのぞき窓から見える箱にケーキを入れる」「それを持ち歩かせることで、購買意欲を促す」というアイディアを出したのだった。
ケーキのデザインが変更できないのならば「梱包」で見た目を変えればいい――彼のアイディアは、ケーキの都合も、浅野の希望も叶える良いものだった。
「……褒められるほどのもんじゃないです。学校なら、あれくらいのレベルのもの、いくらでも考えるヤツいますし」
どこかふてくされたように言う幸久ではあるが、お客の反応は予想以上に良いのだ。ありがたいことである。
そうこうしているうちに、会場に訪れるお客が増えてきた。ランタンを模したパッケージはどのお客も驚き、ハロウィンらしいと喜んで買っていく。
「幸久くん、見てごらん」
すでに日は落ち、照明がこうこうと輝く会場内。
ぽっ、ぽっ、と灯るオレンジの明かりを指さしながら、蒼衣は幸久にささやきかける。
夜の祭りに浮かぶ明かりが、ゆらゆらと揺れる。
そう、明かりは、ランタン・モンブランのものだ。
場内には、臨時の椅子と机が置かれた休憩所が点在しているので、その場で食べていくひともいるのだろう。
「君のおかげで、ランタンが綺麗だね」
「……綺麗なのは、魔法効果ですよ。シェフのケーキの」
幸久は、どこか拗ねたように言う。褒められ慣れをしていないのだろう、と思うと、ますます褒めたくなる。かくいう蒼衣自身も、褒められるのはいまだに慣れない。だが、八代も「やったことを褒めること」が大事だと言っていたし、自分自身もこの一年間、八代やお客の言葉で前を向いてきた。
「でも、お客さまが『選んだ』きっかけは、君のパッケージだよ」
見せ方次第で、お客の受け取り方も違う。持って帰られるだけだったケーキが、会場内で「ランタン」としての役目を果たしている。
「だから、今は一緒に喜ぼう」
まずは、成功体験を積み上げていこう。それがなによりも、幸久の力になると蒼衣は信じたい。
幸久は黙っていたが、その口元には少しだけ笑みが浮かんでいた。
◆期待の大型新人と雲クリームの反乱 おわり
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