recette1 自由の夢を描くペン・エクレア

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最後に付け加えられた条件に、思わず「な、なんで」と悲鳴のような声が出る。 『んー、それも課題。いろんなこと、いろんな声に耳を傾けてみて?』  曖昧な師に困惑していると、再び含んだ笑い声が聞こえてくる。 『じゃあ楽しみにしてるわね。後片付けの時間をお邪魔しました。おやすみ……あ、最後にもう一つ』 「なんでしょう」 『ピロートって、まだ店長さんと二人きりなの? アルバイトの子とかいるの?』 「いえ、いないですよ」 『……そうなの』  すると広江が息を飲んだような音が聞こえてくる。なぜ、と問いかける前に『ありがとう』と受話器から慌てた声が聞こえた。 『変なこときいてごめんなさい。改めて、お疲れ様。おやすみなさい。魔法菓子、楽しみにしてるわ』 「……オヤスミナサイ」  最後の最後に念を押され、また声を固くしてしまった。 「おーい、蒼衣、誰から? って、顔青いぞ?! どうした?!」  子機を持ったまま呆然とする蒼衣を八代が揺さぶる。なんとか持ち直して事情を説明すると「ははー、ほんとお師匠は蒼衣のことがかわいいんだな」とのんきに言うものだから、蒼衣としてはおもしろくない。 「でも、君に意見を求めるのを禁止されちゃったよ。いろんなこと、いろんなものに耳を傾けるって……曖昧だなあ、師匠も」  うっかり不安をこぼしてしまう。  自分を表現する「味」を作れという課題に加えて、「八代の意見を取り入れることの禁止」という制限を付けられてしまった。ここ一年、商品開発には必ず八代の意見を聞いていた蒼衣にとっては久しぶりのことだ。修業時代も、あくまで作っているのはお店のケーキであり、自分の味を出すという機会はなかなかない。 「ま、俺にはお師匠の言うこともなんとなくわかるけどな。がんばれよ、パティシエくん。これは自分で気付いてナンボの課題だぞ~」  八代に肩を叩かれた蒼衣は、そんなあ、と悲鳴を上げた。
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