プロローグ

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プロローグ

 校庭に咲く桜の木の下で告白して生まれたカップルは、永遠に幸せになれる。  そんな伝説を、誰しも耳にしたことがあるのではないだろうか。  ここにも、校庭に咲き誇る桜の木の下で待つ少女が一人。そわそわして落ち着きなく、何度もゆるい癖っ毛の髪をなで付けてみたり、制服のスカートの裾をいじってみたりしている。  4月も数日が経ち、桜は徐々に散り始めてはいるものの、古くからここにあるという立派な大木は、まだまだ春を感じさせるには十分な桜色だった。少女は顔を上げると、しばし頭上の桜に見惚れていた。 「あ……」  少女は自身へと歩み寄る一人の少年に気がついた。短く刈られたスポーツ刈り、第一ボタンの開けられたシャツに、制服のズボンでも見て取れるほど、すらりと長い足。  彼だ。  徐々に近づいてくる少年の姿を見て、胸が嘘みたいにどきん、と高鳴る。  そして、少女の前へと立った少年が言う。 「よう。……なんだよ、言いたいことって」  ぶっきらぼうに言うが、照れているのか、目は泳ぎ、頬はわずかに紅潮している。つられて少女も、一層緊張が高まる。 「あ、あのね」  声は上ずって、震えそうだった。胸の前で祈るように握りしめていた手に、強く強く力が入る。 「わ、私……ずっと前から、あなたのこと……」  少年と目が合う。長い睫毛に彩られた、大きな彼の瞳に思わず怖気付きそうになる。  負けるな。自身に言い聞かせるように、唱える。大きく息を吸って、そして、 「好きでした!」  言った。  それはあまりにも単純で、あまりにも剥き出しの告白。だからこそとてもまっすぐで、どんなに美しく飾られた言葉よりも、彼女の気持ちを正直に伝えてくれる。  少年は面食らった様子で、少女を見ていた。少女の潤んだ瞳と視線が交差し、口を開き、そして……、 『告白の言葉を検知しました』  突如鳴り響く、機械音声。電話の留守電サービスのような、温度のない女性の声。  それは二人の手首に巻かれた、リストバンドのような、時計のような、銀色に光る機械から発せられていた。  次いで互いにその機械から、仰々しい起動音と共に、ホログラムによって数字が浮かび上がる。  高崎綾子 HP100 MP100  田町岳斗 HP100 MP100  再び、機械音声によるアナウンスが轟く。  それは開戦の狼煙。  闘争の序曲。  恋愛を始める……合図。 『LOVE BATTLE ARENA へようこそ』 「A組の高崎が、C組の田町と闘ってるってよ!」 「あの『不沈艦』相手に⁉︎ さすがの高崎も今回は厳しいか!」 「高崎ちゃんならいけるに決まってるでしょ!」 「とにかく、早く見にいこ!」  大騒ぎしながら、次々と校庭に生徒が集まる。いつしか両者の周りには、大きな人だかりが出来ていた。 「スポーツ万能で優しくて、かっこいいところが好き、大好き!」  高崎が顔を真っ赤にして叫ぶと、 「ぐはぁっ‼︎」  田町が衝撃波でもくらったみたいに後ろにのけぞり、胸を押さえながらフラフラとよろめいた。 『田町岳斗、HPに7のダメージ』  白熱するギャラリー。その狂乱は、どちらかが落ちるまで終わらない。 『優秀な人間とはどのような人間か?』  とある大富豪が言った。 『容姿の優れている者? 頭の良い者? 運動神経の良い者? 財産を持っている者? コミュニケーション能力に優れている者? 人望がある者?』 『違う、それら全てを内包しうる者』 『恋愛能力の高い者こそが、優秀な人間だ』  そうして大富豪は『学園』を、そしてシステムを作った。  恋愛能力の高い者を育成する『学園』。  高度な技術よって開発された、独自の恋愛能力競争システム『LOVE BATTLE ARENA』。  そこでは恋愛によって成績が決まり、恋愛によって優劣が決まり、恋愛によってすべてが決まる。  日本最大の恋愛教育機関、その名は……私立恋ヶ峰(こいがみね)学園。
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