#1 悪夢から逃げるように

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#1 悪夢から逃げるように

暑い夏の夜、 真夜中に鳴り響く着信音は まだ少ないセミの鳴き声よりも 俺を苛立たせた。 もう、いい加減にしてくれ。 着信を拒否にしても次から次へと違う番号からかかる… 友人からの電話すら怯える始末。 寝ても覚めても気が休まらない… いっそ携帯を捨ててしまいたい。 そんな風に思い始めていた… 「まだ起きてるのー?」 俺の妹の星那が目を擦りながら起きてくる。 「ごめんな、起こしちゃった?」 そっと頭を撫でてやると「大丈夫」と言った。 星那は眠そうでベランダに出る手前で座り込む。 「寝ていいよ」 俺の声を聞いてウトウトしていた。 そんな姿を見ながら、 どうか…妹だけは助けたい…そう思っていた。 ふと外を見ると、 チラッと光ものが目につく。 奴らがいる… もうこの家も近いうちに気づかれるんだろうな。 窓を閉めて星那を布団まで運ぶ。 …ふとポケットに入れていた紙を眺める。 女性に頼るのは… どうなんだろうか… でも星那だけでも… 危ない目には合わせたくない… 陽が登ってくるのを見ながら俺は深いため息をついた今夜も寝れそうにないな。 俺がいなくなったら、 星那はどうなるんだろう。 守ろうってずっと頑張ってきたのに。 悔しい。 苛立ちで噛み締めた口元から血の味がした。 … 「貴方が、宮前桔梗くん?」 黒く長い髪をサラリと手で避けた女性は、 突然話しかけてきた。 それは、遡ること5月の話… その日は雨で少しだけ肌寒かったのを覚えている。 俺は行きつけの「まるみ屋商店」で駄菓子を買っていた。 店主のもち子さんが不在だということで、 見知らぬ女性が店番をしていたんだが話しかけられたのだ… 俺は知らない女性だった。 「あの…どちらさまでしょうか?」 なんとなく敬語じゃないといけない気がした。 恐る恐る聞いてみる。 「ごめんなさいね、志騎高校の3年A組京極ゆかりと申します。」 学生だったことにも驚いたが、 やはり3年生だったので敬語は間違えではなかった。 でも…なぜ名前を知っているんだろう。 特に俺は学校で目立っているわけでもないだろう。 噂が広がるようなこともない… 「不思議そうな顔をされてますね…」 彼女は困ったように眉を顰めた。 「えぇ…」 俺は、とりあえず首を立てに振る。 すると京極先輩は、まるみ屋の看板をひっくり返して、閉店にすると扉を閉めた。 突然だったので俺が不思議そうな顔をしていると 「お時間いただけますか?どうしても話したいことがございます」 そう言って茶屋の奥に案内してくれた。 まるみ屋の奥へ入るのは初めてだったが、 意外と広くて居心地が良い。 店はボロボロだけどそれはそれで趣がある。 庭をじっと見ていると、お茶と菓子を出された。 目の前に京極先輩は座り「どうぞ」と一言。 なんだか緊張が走る。 「ありがとう…御座います」 とりあえず、茶をいただいた。 ふと京極先輩を見ると目を瞑っている… 何か瞑想に耽っているんだろうか… 「本当は…ずっと口を出すつもりでは…御座いませんでした」 急に深刻な口ぶりで話すものだから、 一体なんの話かわからないのに冷や汗が出る。 「あの…」 俺が話し始めるよりも早く京極先輩は口を開いた。 「追われていますでしょう?」 たったの一言だった… それだけで全てが繋がってしまった。 彼女は知っている。 俺の素性を。 「……星那に何かしたら許さない」 敵か味方か判らない以上、信用できない。 冷たく言うと京極先輩は笑顔になった。 …何故だろうか。 「ワタクシを信じて欲しいとはいいません…でも、力になれるかもしれません…」 そういって、 紙に携帯番号が書かれたものを渡される。 「具体的に力になるって…どうやって…」 俺がよくわからないといった口ぶりで話すと、 しっかり説明をしてくれた。 「…ワタクシの家は暴力団にも繋がっています。人身売買、臓器売買にも精通した家ですの…情報屋もしていますし…お望みであれば違う姿に整形して逃げ道も差し上げます…そういった医師の家なので」 学生から出るような言葉ではなかった。 俺の素性がわかるからこそ、身の内を明かしているのだとは思う…緊張が走る。 「その話が本当なら…証拠とかありますか?」 俺だけ全部見透かされているならフェアじゃない。 「……これで信じていただけるなら、…見せて差し上げます」 ふと、目の前に醜い女の写真が置かれた。 まだあどけない若い女性だが… 一体これがなんだというのか。 「ワタクシの昔の姿です、肉体も強くなるようにと…変えられてしまいました…」 「え?」 さっと、頭部の後ろの傷や 少しだけ見える首下の傷を見せられた… …酷く痛々しい。 「親に…されたんですか?」 「いいえ、ワタクシが望んだの」 急に否定をして笑顔になった京極先輩の声が やけに子供っぽいが…複雑な気持ちになった。 「知っていますか?望まねば手に入らないの…何もかも…まずは強く希望を持たねばいけませんのよ」 とても逞しくて強い… きっとそんな人なんだと直感で感じていた。 「でもなんで…なんで俺に声を?」 理由がわからなかった。 そんな人が何故急に俺に声をかけてきたんだろうか。 確かに星那が狙われていて逃げて逃げて… それでも追われて… 最近は少し静かになってきていたのに… 急に思い出させるなんて。 「近いうちに…来ますわよ……ワタクシの家に桔梗くん…星那さん…お二人の情報に関する書類が御座いました…薬絡みの男がお父様と話しているのを聞いてしまったの…」 悲しそうな顔で京極先輩は言うが。 その話を俺にしていいのだろうか… 家のこと、彼女は継ぐつもりなのであれば、 こんな話はしない筈だ。 …罠だろうか。 まだ信用しきれていない。 ずっと逃げて生きてきたからこそだろうか、 すぐに人を信じるなんて出来ない… 京極先輩は立ち上がり、 雨の降る庭を見ていた。 「出来れば関わりたくありませんでした」 凛とした冷たい声が部屋に広がる。 きっと本音だろう。 自分が危険な目に遭うのならば尚更だ。 「でもね…ワタクシも出来る思ったのよ」 さっきとは違う穏やかな声にふと、 見上げてしまう。 どこか悲しそうな顔なのだけれど… 自信に溢れたようだった。 「お父様とお母様をワタクシは超えたいの」 これはきっと反抗期に近いもの… なんだろう… 身なりやイメージから、 きっと我慢してきたこともたくさんあったのではないかと俺は思った。 ただ、それはあくまで生きてきた過去で、 京極先輩は自分の意思で物事を考えているのかもしれない。 「良いんですか…?」 俺の言葉に頷いた。 「…頼るかどうか…わかりませんけど、その時が来たら連絡します」 そう言って深く頭を下げた。 とても有益な情報には違いなかったからだ… 軽く星那への手土産を買って俺は帰宅する。 それからだった… 本当に事が起き始めたのだ… 丁度その後5月の下旬あたりから頻繁に電話がかかる… 黒服の男に一度追いかけられたりもした。 星那がいない時で良かったとは思うが… もし… もしいるときに奴らが来たら? どうするんだ? …脚力に自信はあったし… 逃げ足も早い方だが… 星那はどうなんだ… 俺1人で守り切れるのか? … 不安が募るまま夏休みに入って数日が過ぎた、まるみ屋商店には何度か足を運んだが、 相談するというわけではなく、 ただ食べに行くか買い物に行くだけだった。 まだ俺自身、迷いがあったからだ。 友達とこれから夏に遊びに行く約束をして… 楽しい思い出作りをする予定を立てて 嫌な気持ちをとにかく紛らわせていた。 星那と一緒に昼過ぎ、 何気ない、いつも通りの道を二人で歩く。 「あつ〜い、まるみ屋さんいく?アイス食べたいな」 星那は陽気に無邪気な笑顔で行っていた。 「いいな、食べに行くか」 なんて言ったその矢先… 目の前に絶対に会いたくない男達2人がいるのがわかって、星那の手を取り、 違う道に入り込む。 「えっ、ど…どうしたの?!まるみ屋さんそっちじゃないよ?」 「悪い、今日は急用があるから…」 無理に誤魔化して家について ホッと一息をつき冷蔵庫からアイスを取り出した。 「星那にダッツ買っといたんだよ、これ食べてて!ちょっと出かけてくるから…不審者とか夏になると結構増えるし誰か来ても俺が戻るまで出るなよ?」 「えっ…う…うん…」 不審がられてるだろうか… でも今は… すぐにでも行かなきゃいけない… まるみ屋商店に京極先輩は居るだろうか。 バタンと勢いよく扉を閉めて、 電話をかけながら走り出す。 コール音が何度か鳴り、ピッと音がする。 「京極先輩ですか!!桔梗です!宮前桔梗!」 走りながらだったので、 ちょっと息も絶え絶えだった。 「ワタクシです、何か…ございましたか?」 至っていつもと変わらない京極先輩の声に少しだけ自分も冷静になった。 「もう…限界かもしれません…今日家のすぐ近くに居たんです、奴らが…」 泣きそうな自分の声に自分で胸が苦しくなった。 逃げたかった、誰かに助けて欲しかった、 ずっと1人で抱えてきて辛かったんだ。 そう思ったら溢れた感情が止まらなくなる。 男が泣くなんて情けないってわかってる。 でもどうしようもなくて。 悔しくて。 「落ち着いて、周りを見て…誰にも追われてないようだったら…そのまま、まるみ屋商店にいらしてください」 そこで電話が途切れた。 京極先輩の声は不思議と俺を落ち着かせた。 冷静に辺りを見回す。 息を吸って…吐いて… 大丈夫だ… 走っていたら不審だろう、 少しだけ急ぎ足で、 まるみ屋商店に向かう事にした… … 「誰から電話〜?」 呑気に縁側に寝そべりながら、 ゆかりの神妙な面持ちを伺った。 「…春輝にお願いがあるのですが…」 まただ、また「お願い」 もういい加減自分でなんとかして欲しかった。 俺よりも強いくせに家の事で良い子ちゃんする ゆかりが気に入らない。 「お金は?」 「出ますわ」 即答で言われたので急用なのだと感じる。 「なにすればいーの?」 「…この写真の子、わかる?星那ちゃんって言うの…狙われています、守ってきてください。」 写真をじっと見つめて裏に何か書いてあるのを見つけた…住所か… 「大変だねぇ〜」 「早く行って」 ゆかりが痺れを切らして俺に言うので、 むかっと来るが… まぁ…お金がもらえるならやるとするか… なんて立ち上がる。 扉を開けると、裏に知らない少年がいた。 爽やかな感じだなぁと眺めていると目が合う。 こっちに歩いてくるので何事かと思えば 「京極先輩!」 と俺を無視して素通りし、 ゆかりに話しかけていた… 「桔梗くん、早かったわね…丁度良かったわ…」 ゆかりが俺に手のひらを差し出す。 「彼、鷹左右春輝が今から星那ちゃんのところへ向かうわ…守ってくれると思うから安心して」 そう言った矢先に、「早く!」と俺の背中を押し出す… 全く…強引な女だ… 「お願いします!」 と、背中に向かって声がしたので、 そのまま手をあげて振りながら挨拶をして 俺は、まるみ屋の柵を飛び越え走り出した。 …… 「顔色がすぐれませんね…これでも飲んで」 水を出され俺は一気に飲み干す。 随分と喉が渇いていたみたいだ… 「ありがとうございます…」 とりあえず、 まるみ屋商店の裏側の小屋に一度落ち着く。 「何も持っていないのね」 と京極先輩に言われ、 携帯だけを握りしめてきていた事に気づく。 いや、携帯だけじゃない。 「…俺、奴らに捕まろうと思います」 ポケットから大事にしまってきた通帳を取り出す。 「100万入ってるんで星那を…これで守ってやって欲しいんです!」 地面に頭を付けて土下座をした。 もうどうにもできないなら自分は捕まって、 お取りにでもなんでもなれば良いと思っていた。 「暗証番号は…」 と言いかけたが被せるように 「顔を上げて?」と言われ その声に驚き、不意に顔をあげると 京極先輩は優しく俺を抱きしめてくれた… 「大丈夫よ、桔梗くんは事が落ち着くまで逃げて」 ポケットに通帳が戻される。 「でも!」 「お代はいりません…変わりに必ず生きて」 ドサッとリュックサックが俺の前に出された。 見てみると軽い水や食料が入っている… 簡単な着替えや寝具もあった。 「通帳は肌身離さず持っていて、通帳番号は覚えたから足りなくなったら振り込みますわ…いつか返してください…行きましょう」 京極先輩は早口に喋り、俺の腕を引き上げた 女性にしては力強い… 怪しまれてはいけないと、 駅に向かってゆっくり歩き出す。 向かう途中に他に必要なものがあればと買い足す。 星那が狙われているから、 あまり俺はマークされていないようだし、 黒服も見かけない。 すぐにでも星那が気になって家に帰りたくなるのを堪える。 俺が行ったところで… どうにもならないんだ… … 「本当に…すみません…」 俺は深くお辞儀をする。 「いつか必ず来ると思っていました、大丈夫よ」 京極先輩は 駅前の改札で新幹線の切符を俺に渡す。 何から何までやってもらっていて申し訳なかった。 「…星那と逃げるって選択肢は無いですよね」 本当は一緒にいたくて涙ぐみながら口にすると… 「…食い止めなければ繰り返しますわ…安心して、必ずワタクシが全て終わらせて連絡致しますから」 そう言われ、ずっと変わらなかった今までのことを思い出す。 悔しいが改札を通り抜け、 記載された番号の車両に乗り込もうとすると… 「お兄ちゃん!!!!!!!」 急にハッキリと星那の声がして、 幻聴が聞こえたのかと思いハッと振り向いた。 「どこ言っちゃうの!?ヤダよ!あの男達は何?!!!ねぇ!なんとか言ってよ!!!」 今にも柵を乗り越えてきそうな星那は鷹左右春輝と言われていた男に抱えられて柵を越えるのを阻止されていた。 彼の手が赤青く痣になっているということは、 鉢合わせになったのか… 彼なら、守れるのだろうか。 「ごめんな…お兄ちゃん弱くて」 聞こえないように小さな声で呟いて電車に乗り込む…丁度出発の合図に星那の声が被って聞こえた。 「せなは俺が守るっていつも言ってたじゃん!!なんで…なんで……!」 扉が閉まって、 最後まで星那の顔まではちゃんと見ることはできなかった。 最悪だ… 全てが終わって俺は、 また星那に会えるんだろうか。 逃げてしまう自分、 解放されて安心してしまう自分、 全部がのしかかる… 俺にとって、 最悪な夏休みの始まりだった。   …… next… #2 独りにしないで
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