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――あぁ妻よ、あぁあぁ暖菜よ、あぁ嫁よ。
こんなこと俺は聞いてないぞ。君は知っていたのかい?
おれは脳内で、嫁に語りかける。すると脳内のちび暖菜は、ちょっとむっとしながら答えた。
『知ってたよ。ていうか、わたし、太陽くんに教えようとしたんだからね。
あの子、好きな人がいるんだって、って。
でも、太陽くんってば聞こえないふりして、ずうっとお笑い番組見てたんだもん。
太陽くんが今ショックを受けてるのは、自分のせいなんだからね』
……あ、はい、スミマセン。
「お、お邪魔します……」
俺の脳内劇場をよそに、奴はそう言って、我が家に足を踏み入れた。
正直、「うぃーっす」なんて言う阿呆が来たらマジでぶん殴りたいところだったけれど、どう見てもこの子はそんなこと言いそうにない。真面目そうな子だ。けど、それはそれでどうしていいかわからない。いや、いいことなんだろうけれど。あぁもう、頭が混乱してきた。
「あ、こっち。よかったらどうぞ」
とりあえず、リビングに案内する。俺の声も俺の声で、緊張しすぎていて自分でも笑えるくらいだ。
「失礼します……。あ、こんにちはー……」
リビングに入ってくる彼は、テレビの前でゲームをする息子に頭を下げた。息子は一瞬びっくりした顔をしたけれど、首だけ動かして挨拶をする。
「こら、暖。ちゃんとあいさつしなさい」
俺がそう叱ると、息子はしぶしぶと「どうも」と言った。まったく、この子は。
「あぁ、もう、ごめんね!愛想がなくて」
慌てて俺は少年に謝る。……いや、なにやってるんだよ、俺は。
俺のそんな言葉に、彼も慌てる。
「いやいや、おかまいなく。お邪魔しちゃって申し訳ないです」
「そんな気を遣わなくていいよ。うちの娘がいけないんだから。
あ、どうぞ、座って。ごめんね、今麦茶しかないけど」
「あ……ありがとうございます」
冷蔵庫を開けて、麦茶を取り出す。来客用のグラスを取り出したとき、ふと、我にかえった。
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