Aさんの場合

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Aさんの場合

 玄関を開けてすぐ抱きついてきた彼女からは、甘い匂いがした。  ずっと会いたかったその顔に会えた安堵感からか、一度座ったらもう立てなくなった。  甲斐甲斐しく彼女は濡れた頭を拭いてくれたり、大きめサイズのTシャツを貸してくれたりした。 そして一緒にシフォンケーキを食べて、その甘さに俺が涙した時、彼女も泣いた。  外で大きな音がした。 地面が揺れだすと、そのまま揺れは収まる事なく大きくなった。  もうすぐ死ぬんだな、と思った時、 俺は彼女を抱きしめて言った。 「好きだよ」  外が赤く光った。 ああもう間も無くだろうなと思う。 もう他人事のようだ。  彼女も耳元で 「私も。大好き」 と返してきた。  決して離す事のないようにきつく抱きしめた。 いっそ溶けて一緒になりたいと思った。 ただひたすらそれだけを願った。  俺が人生最後に言いたかった言葉は、彼女への「好きだよ」。 俺にしてみれば、なかなか上出来な人生だった、と脳裏に浮かぶたくさんの思い出を振り返りながらもう一度言った。 「好きだよ」
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