2話『独立国の第一皇子』

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****♡Side・α(クライス) ────昨夜未明、〇〇街にて女性の遺体が……。 『Ωの女の子ですって。まだ、十六歳だそうよ』  Ω女性体である母は、テレビを観ながらα女性体である父に向けそう言って、ため息をついた。  βの国の皇女がαの統治国家にやってきたのは、事件の三か月前。  父は長い金の髪を一つに束ね、ワイシャツにネクタイを締めながら母に顔を向けた。  交易の為にβの独立国を訪れていたαが皇女を襲った事件は、国内でも有名な話であり知らない者はいない。  そもそもこの国ではαがΩのフェロモンに充てられ襲ってしまっても刑には処されない為、人々は関心すら示さない。  では何故この事件が人々の関心を集めたのかと言えば、相手国の皇女を襲った時に番としてしまっただけではなく、謝罪すらなかったからだ。  結論から言えばそのαは、我が国から見捨てられた存在となった。  αの国は個人主義だ。  簡単に言えば、”自分の(こと)は自分で何とかしろ、国は責任持ちませんよ”、というお国柄である。  罰せられないのは、国民を守るためではない。国内で起きたことなら、国には損害はない。  だがαの統治国家は、βの独立国と貿易を行っている。しかも相手の国の皇女に危害を加えた上、謝罪すらしなかったとなると今後の関係が危ぶまれる。  ”戦争をしない代わりに貿易を行い、互いに利益を得ましょうね”と、協定を結んでいるから平和でいられるが、ひとたび戦争ともなれば多勢に無勢。  しかも協調や協力ということをしないαの国民性を考えれば、負けるのは目に見えている。  ”常に自分は正しい”という考え方の者が大部分を占めるα。  しかしビジネスとなれば別だ。謝罪すべき時は謝罪する。それが世をうまく渡るための知恵であり、論理的な考え方であり、賢い選択というモノだ。  それができなかったこのαが国から見捨てられたというのは、当然の結果だろう。  ”出来損ないのα”  それが周りの目。  十六歳の皇女の遺体はβの国へ返されたが、殺されたαについては事件とはならず検視もされずに埋葬されたという。 『α男性体は、プライドというものをはき違えている奴が多いからな』  父はやれやれと言って、今度はクライスに視線を移し、 『お前は、こんな奴になるなよ。賢く生きろ』 と続けた。  すると、 『大丈夫よ、クライスは私が育てたんだもの』 と母。 『だから心配なんだよ』 『何ですって』  母がぷくっと頬を膨らませると、 『冗談だよ』 と父が笑う。 『じゃあ、行ってくるよ。戸締りはちゃんとするんだよ』  父は母の髪に口づけると、玄関に向かった。  αの国では、明るい家庭のほうが珍しい。  αは無口なもののほうが多いからだ。 『父さん、いってらっしゃい』  そんな家庭で育ったクライスは、どちらかと言うと明るく朗らかな性格であった。  その性格が今後の人生で唯一の救いになるなんて、この時は想像もしていなかった。
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