<第三話・騒音>

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「い、今なんか大きな音がしたんですけど!なんか落ちませんでした!?」 『え、何か聞こえた?私にはなーんにも聞こえなかったけど。外も晴れてるし、雷もゴロゴロしてないわよ?』 「あ、いや落雷じゃなくて……!」  今のは、気のせいだったのだろうか。俺の“落ちた”を彼女は雷と誤解しているようだし、ならば何も聞こえなかったというのは本当なのだろう。あんなに大きな音が、自分に聞こえて彼女に聴こえないなんてあるはずがない。だとしたら、回線の問題で、何かノイズでも発生して大きな音に聞こえた、とかであるのだろうか。  気のせいと断ずるには、少々無視できない音量だったのだが。 『おかしな人ね?……うーん、実はね。貴方の前に住んでた人も、短い期間でお引越ししちゃってるの。その人も、騒音が酷くて眠れないって言ってたわ。貴方と同じ部屋よ。……ただ、それがなんだかおかしくてね。その人が住んでた時も、他の部屋に住人なんかいなかったのよ。騒音を出すような相手もいないのに、毎日毎日後ろからドンドンドンドン叩く音がして怖いって』  本当のところはね、と彼女は続ける。 『そのアパート、以前管理してたのは私の亡くなった夫で。夫が死んでから私が引き継いだんだけど。夫が管理してたより以前のこと、私はなーんも知らないの。そもそも夫もどこの誰からそこのアパートをまるごと買ってしまったのか全然わからなくて。ただ、前の住人さんのその前の住人さんがちょっとおかしな死に方をしてしまっているものだから、私は前の住人さんに言ったのよね。後ろからノックの音が聞こえたら、開けない方がいいと思うわって』 「そ、それって……」 『前の前の住人さん、何故か押入れの中で亡くなってたのよ。しかも奇妙なことに、押入れ全体が内側からガムテープで目張りされてて簡単に開けられないようになっててね。本人は押入れに閉じこもったまま、何故かそこで餓死してたらしくてねえ……』 「は」  何ですかそれ、と。俺が声を上げようとした、まさにその時だった。  ドン。  その音は、聞き間違えようもなくはっきりと聞こえたのである。  大家さんに電話の、その向こう側から。しかも。 『私も――が、――からなくてね。ただ、――みたいに見え――しょ。――から、約束が、――方がいいと思って。多分、あれは――開けない方がいい――じゃないかしら。で――あなたも―――』  大家さんの声が、とぎれとぎれにしか聞こえなくなる。  電話の向こう。大家さんの向こう側で、とんでもなく大きな“ノック”が聞こえ続けている。まるで力任せに、拳で壁やドアを殴りつけるような凄まじい音が。  それは音量を増し、数を増し、穏やかな彼女の声を飲み込んで俺の鼓膜を叩き始める――。  ドンドン!  ドンドンドンドンドンドンドン!
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