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<第三話・騒音>
今回借りたアパートについて問い合わせるなら、大家さんか不動産屋さんのどちらかになるのだろう。大家さんとは時々顔を合わせることもある(なんせ、住んでいるのが本当にご近所だ。庭の掃除をしているのに何度も出くわして挨拶をしたことくらいはあるのである)。コミュ障を自覚している俺としては、どちらが電話をかけやすいかといえば、断然前者であったのだ。本来なら不動産屋さんを通した方が筋であったのかもしれないが。
ちなみに、管理人、も実質大家さんが兼業しているようなものであるらしい。俺は実家が一軒家であったし、アパートやマンションの管理人とやらがどういう仕事をするのかあまりよくわかっていないのだが。多分住民の間でトラブルでも起きたら、一応間に入って対応くらいはしてくれたりするのだろう。
もう少ししたら日が落ちて夜になってしまう。その前に、少しでも謎を解明して気持ちをすっきりさせておきたかった。ホラーはそこまで苦手ではないが、メンタル的にはかなりのチキンであるという自負があるから尚更である。
電話をかけ始めてすぐには、特に異常はなかった。
『あら、松本さん?こんにちは。何かトラブルでもあった?』
おおらかなおばあちゃん、といったかんじの大家さんは。きっと電話の向こうでにこにこしているのだろう。俺みたいな愛想のない大学生であっても、毎朝きちんと挨拶をしてくれるような気さくな人である。これおすそわけね、なんて言いながら煮物やお饅頭をプレゼントしてくれたこともあるほどだ。田舎のご近所付き合いを思い出して、なんだか涙が出てきたものである。
だからこそ、あまりよろしくない話題を振るのは申し訳ない気持ちでいっぱいであった。電話してしまった以上、このまま世間話で終わらせたのでは全く意味がないけれども。
「そ、その、大家さんこんにちは。急に電話かけてすみません。どうしてもお尋ねしたいことがあって……」
引っ越してきてから、なんだかんだでもうひと月が過ぎてしまっている。本当ならもっと早く尋ねるべきであったことを、罪悪感から後回しに後回しにしてきてしまった形だった。
今日こそは、聞かなければいけない。最初に言われた、あのルールのことを。
「その……一番最初に不動産屋さん経由で聞いた“約束事”なんですけど。あれって、一体どういう意味なんですか。夜、後ろでノックする音がしたら振り向くな、開けるなっていうの……。ここ、事故物件だとは聴いてないんですけど」
『あー、そう……やっぱりねえ』
少しだけ、大家さんの口調が変わったような気がする。相変わらず緊迫感のない、のんびりした喋り方ではあったけれども。
『つまり、貴方のところにも来ちゃったわけね。“それ”が』
その途端。
電話の向こうで――ドン!と大きな音が鳴った気がした。俺は思わず全身をびくつかせてしまう。大きなものが落下したような音。あるいは崩れたような音。大家さん!?と思わず声を張り上げてしまう。
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