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3、ききたいこと
雨の降る、とある夜。珍しく及川は、皆より長く残業していた。
明日、取引先へプレゼンに行く為、資料をまとめようとしていたのだが今日一日、突然の外出が多かった為、はかどらなかった。いつも遅くまで残業する制作チームが帰宅しても、まだ仕上がらない。
(もう二十三時回ってんじゃん……)
段々と目が疲れて来て、ショボショボする。眼球を抑えながら、背伸びをして何とか疲れをほぐそうとした。
「まだ終わらないのか」
コーヒーのいい香りがして、不意に目を開けると、弓谷が二人分のコーヒーを持って立っている。
「ほら。お前ブラックだったよな」
「ありがとうございます」
机に置かれたコーヒーを早速口に含む。ホッとしながら、及川はあることに気づいた。
(何で僕がブラック好きなの、知ってんだ?)
コーヒーから目を離し顔をあげると、弓谷は自分の席へと戻っていた。
このフロアで残っているのは、及川と弓谷だけだ。変に意識し始めて、及川は頭を振る。
(もーこの前から変だぞ、自分……)
これじゃあまるで、弓谷に惚れてるみたいじゃないか、と。そのとき……
「うわあ!」
突然、弓谷の声が聞こえて驚く。声というより、悲鳴?
慌てて及川が席に近づくと、弓谷が椅子を引いて、何かに怯えたような顔をしている。
「どーしたんで……」
及川の言葉を遮り、弓谷が無言で指差した先には、小さなヤモリがいた。弓谷が作業していたPCの真横で、ヤモリも驚いたのか静止している。
「あれ、珍しいですねえ、オフィスに出るなんて。家に出ることが多いのに」
ねえ、と弓谷の方を向くと「いいから早く逃せ」とすごい睨みをきかせて来た。
(もしかして)
「苦手なんですか?」
「……おーちゃん」
「は、はいっ」
及川は慌ててヤモリに近づき、そっと手にのせる。ヤモリは小さく「キュッ」と鳴いたが大人しい。
(外に出してやったら、寒いかな)
弓谷さんには悪いけど、と思いながら、フロアを出て玄関に近い室内で、ヤモリを逃がしてやった。
及川がフロアに戻ると、弓谷は先ほどよりは落ち着いた顔になっていた。それでもいつもみる冷静な顔とは程遠い。
弓谷の椅子の横に及川は立ち、逃してきましたよ、と報告した。
「ありがとう。外に逃がしてくれた?」
「は、はい」
「あと、このことは誰にも言うなよ?」
弓谷がそんなことを言って来たので、思わず、笑う。
(こんな弓谷さん初めて見たな。なんて言うか)
「可愛いですね」
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