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1、ゆううつ
及川悟は広告代理店の営業として、入社二年目の秋を迎えていた。
大学生の時からこの会社でアルバイトをしていた為、実質三年目となる。アルバイト時代には雑務を一任されていて、そこそこ充実した毎日だったが、社員ともなると、そう簡単にはいかない。
一年目は右往左往して終わり、二年目はちょっとしたミスの積み重ね。日々ため息の数も増えてきた。
ただ職場の雰囲気は良く、人間関係も良好だ。職業柄、忙しい日々ではあるが、月一回は帰宅前に、みんなで飲みに行くこともある。
そんな中、一向に緊張が解けないものがある。
ものというより、人だ。
この広告代理店の代表者、弓谷忍。弓谷は以前、大手の広告代理店に勤めていたが、退職してこの会社を立ち上げた。独立後はその独特なスタイルの広告や、キャッチコピーなどで多くの広告賞を手にしている。
センスだけではなく、頭が恐ろしく切れる弓谷は、経営にも長けていて、この広告代理店の利益は右肩上がりだ。
さらにそのルックス。少し長い髪をハーフアップにしてメガネをかけている彼は、男でもぞくりとするほどの美貌で、スタイルもモデル並みだ。
ただ、その美貌とは裏腹に、とにかく口が悪い。Sを通り越して「ドS」の部類に入るだろう。
男だろうが女だろうが、容赦なく言葉が飛んでくる。目に涙を溜めて、弓谷の言葉を聞いている女子社員など何度見たことか。それでも、彼が嫌で退職したという話は無かった。言葉はキツイが仕事の内容をフォローし、時には叱咤しながらも、的確なアドバイスを与える弓谷を慕っている社員がほとんどだ。
その日は朝から、弓谷の機嫌が悪かった。
「おはよーございま……うわ、弓谷さん今日はまた一段と」
「そうなのよ、あの資料を見ながらどんどん雲行きが悪くなっちゃって」
フロアの一番奥、窓を背にして椅子に座っている弓谷から、負のオーラが出ている。
周りの社員がヒソヒソ話しているところに、及川がドアを開け元気よく挨拶をする。
「おはようございまーす」
爽やかに挨拶をしたものの、事務所の空気がどんよりとしていることに気づく。
「どうしたんっすか」
「弓谷さんの機嫌がね……」
及川の問いかけに、女子社員が答えようとした瞬間。
「おーちゃん、着いた早々だけどいい?」
弓谷が目にしている資料の向こう側から、及川を呼ぶ声が聞こえた。
一瞬、事務所に緊張が走る。
「ヤベー、出たよ、弓谷さんのちゃんづけ」
「こりゃあ、やられるなあ、及川」
弓谷が「ちゃん」づけで呼ぶ時。それはドS注意報発令だ。
及川もそれを重々、知っているので、カバンを机の上にほうり投げ、慌てて弓谷のデスクへ向かう。正面に立ち、おずおずと話しかけた。
「あ、あの……」
「お前、何やってんだこの資料。何年やってんの?」
及川が作った資料を机に投げつけて、弓谷は冷ややかに及川を見る。
「で? いつ辞めんの」
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