消えた聖女の希望録

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「聞いたか? 聖女様を見つけた者には賞金が与えられるらしいぞ」  小さな村の真ん中にどっしりと構えられた酒場で、神妙な顔つきをした一人の男がそう言った。  昼間にもかかわらず満席の店内。発泡酒の匂いと調理された肉の香りが立ち込め、店の端にはこれでもかと酒樽が積み上げられている。酒に酔った各グループが大盛り上がりする中で、“聖女”と口にした男に気付いたのは僅か数人だ。同じテーブルに腰掛ける仲間らしき二人と、忙しげに厨房から料理を運ぶ中年女性。黙々と酒をつくる店主と、そしてカウンターの端に座る一人の少年。 「聖女ってアレだろ。国を救ってくれるっていう……」 「国どころか、危ない目にあってる奴の目の前に現れてみーんな助けちまうって話だ」 「けどそれって何百年も前の話だろ?」 「それがよ。いまこの時代に聖女がお生まれになってるってお告げを、神官の奴らが聞いたらしい。血眼になって探してるんだと」 「はぁぁ、成る程ね。それで懸賞金ってわけか」  国や民を救う伝説の存在、聖女。それは二百年ほど前にいたとされる少女を指す。全ての自然を操る力と底無しの魔力を持ち、ある時は戦争で勝利をもたらし、ある時は魔獣に襲われた村を助け、ある時は病に倒れた親子の前にも現れたという。様々な書物にその功績が綴られ、こことは遠く離れた王都には聖女の銅像も建てられている。  誰もが知る伝説の存在の再来。懸賞金。そんな魅力的な言葉が連ねられているというのにさほど盛り上がりを見せないのは、あまりにも現実味の無い話だからだろうか。 「はいはいアンタら! 根も葉もない噂に踊らされてる暇があるなら、店に届いてる依頼をちゃっちゃと消化しとくれよ!」 「げ! アディーダ!」  狭い店内をものともせずに料理を運んでいた中年女性──アディーダが、男達に向かって声を上げた。ここは酒場兼、依頼の仲介場。主に魔獣に関連した討伐依頼を請負い、正式な手続きを経て冒険者となった者がその依頼を消化する。冒険者といっても名ばかりで、一つの村に住みながら依頼消化で生計を立てる者も多い。ここで酒盛りをしている彼等も、大半はそんな連中だ。 「相変わらず口うるせぇな! いいだろ!? たまの休息くらい!」 「たまにじゃないだろアンタらは! ほら、注文の手羽先だよ! それ食ってさっさと仕事しな!」 「おお! やーっときたか! 美味いんだよなぁこれが!」  アディーダが勢いよくテーブルに置いた料理に飛びつく男達。お互いに憎まれ口を叩きつつも、それは古い付き合いであるが故だというのが見て取れる。暖かい空気。心地良い喧騒。その中でひとり、カウンターの隅で黙々とスープを啜っていた少年が席を立った。お代である銅貨をカウンターに置き、北側の壁に設置されたボードへ歩み寄る。大小様々、新しいものから古ぼけたものまでそこかしこに貼られた紙の中から、一枚を手に取って振り返った。 「アディーダさん。俺、今日はこの依頼やるね」  整えられた黒髪に、幼さを感じさせる黒の瞳。十代半ばと思しき彼の言葉にアディーダが振り返る。
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