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 雄叫びを上げて向かってくる怪物に対し、伸びやかに片手を挙上させると、紫衣は引き金を引き二三発ほど撃ち込んでみた。  霊力のこもった銃弾は怪物の頭部と下肢にそれぞれ命中すると、身を抉って内部に埋まった。しかしその端から白い肉が再生し、弾ごと傷を塞いでいく。猛攻の勢いが削がれる気配もない。  先の泥状の怪物の違い、牙だらけの化け物の弱点を紫衣は知らない。 (たとえやみくもにでも、ダメージを与え続けるしかない)  そう判断した紫衣は不意に両手の拳銃を手放し――あろうことか、正面から怪物に向かって走り出した。  背後で、押し殺した悲鳴のようなものが聞こえた気がしたが、さすがに今振り返る余裕はない。  振り下ろされた巨大な赤い舌を横っ飛びで避けると、色の悪い肌のむっちりした腕を足台にして、上へ高く高く跳躍した。――そのまま体幹を捻り宙返りして、怪物の背後に回り込む恰好となる。  空中で紫衣は声のした背後へとちらりと視線を向け、こちらを固唾を呑んで見守る乙哉と宏行の姿を確認した。  紫衣が瞳を瞬かせたのはほんの一瞬で――再び集中すると、意識をへと埋没させた。  右手が揺らぐ。先と同様に淡い光をまとって顕現したのは刃渡りが二十数センチ程もある――一般的にコンバットナイフと呼ばれる――大型の戦闘用ナイフであった。  たとえ想像を具現化した産物とはいえ、むしろ本物に近く鮮明であるほどに、それは少女が片手で扱えるような代物ではない。  それは二丁の拳銃であっても同様である。引き金を引くたび、反動が跳ね返って腕の骨を痺れさせる。何度も連射することなど不可能だ。――そのままであれば。  紫衣の脳のリミッターはすでに外れていた。少女らしい柔らかさばかりを思わせる肉体の内部で、全身の筋肉がきつく収縮し、あるいは拡張され、皮膚の表面に血管を浮き上がらせる。  本来の骨格と筋肉量を無視した――常人が持ち得ない膂力で握り込まれ、持ち手のグリップが悲鳴を上げた。  紫衣は五感すべての感覚を解放すると、再び真っ白な虚無の世界へと落ちていった。  
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