プロローグ

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プロローグ

 気がつくと白いだけの世界にいた。  白霧とも砂煙ともつかないものに周囲をぐるりと囲まれると、それだけで息苦しいような心地がする。そのうえ、辺り一面を細やかな粒子が埋め尽くしているせいで、遠くを見通すことも叶わない。  ふと視線を落とした先に、前触れなく、目の覚めるようなものを見つけ、は瞬いた。  ――それは、両腕で抱え込んでも持ちきれないほどの立派な花束だった。多種多様、咲き誇る瑞々しい花々が一括りに集められ、こちらに差し向けられている。彼女はまじまじとそれを眺めた。  コンセプトも統一感もなく、種類も色合いも異なる花々が惜しげもなく詰め込まれたラウンドブーケは、雑多ではあるが粗野な印象を与えない。どうして今のいままで気付かなかったのか不思議に思うほど、その存在はこの世界に似つかわしくなく、白い虚無の中で、輝かしく華やかな異彩を放っていた。  (――これを美しいと思うくらいのことは、わたしにも出来る)  彼女は心中でひっそりと噛み締めるように呟いた。何かを思ったわけでもなく、気がつくと、確かめるように花の一本へと指が伸びていた。それはうつむきしとやかに咲く、紫蘭によく似た花である。  星型をかたどった花弁の一片に指先が触れそうになった瞬間、しかしそれは突如溶けだしたかのように色褪せ、ハッとして彼女は思わず手を引っ込めた。  まるで時間が早送りされていくかのように、水気を失い萎びはじめたそれはみるみる色を変えていき――最後には、赤茶けた茎や葉とともに砂となって消え失せた。驚く間もなく、今度はすぐ隣の放射状に開いた大輪の花が、次にはその隣のツツジ型の花がといった具合に、次から次へと花弁は腐り果てて散り、葉は朽葉色となって落ちていく。  朽ちた花は、二度とはもとに戻らない。咲きこぼれる宝石のようなそれらがひとつずつ手遅れになっていくさまを、彼女にはひたすら眺めることしか出来ないのだった。なすすべなく宙に浮いた手を、再び伸ばす気には、もう到底なれそうにない。  紫衣は棒立ちのまま、茫然と其処に立ち尽くしていた。  
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