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3
紫衣は常世の境界と呼ばれる異空間の内部にいた。
春めいて桜の色づく現世と異なり、色を失くした空に枯れて白んだ木が周囲を埋め尽くすような、辛気臭い光景が広がっている。しかしこれもまた確かに、神籬町の内包するもうひとつの姿だった。
実り豊かで人々が息づき暮らす実体ある現世を陽とするなら、一転して実体のないこちらの世界は陰である。
現世より神霊住まう場所により近いとされる異界。町のどこにでもあってどこにもない。生でもなく死でもない――丁度境目の世界であるから『常世の境界』あるいは『常世境』と呼ばれた。
名付けたのは古い世代の御三家だ。とはいえ、その異界の本質が何であるのかは、長年に渡ってこの地を統べてきた御三家の末裔達をもってしてなお、定かではなかった。わかっていることは、この町に住まう人間の心象を反映し、思いの強さが物体を存在させ成り行きまでもを左右する妄想・幻覚の世界であり、共通の集合意識が寄せ集められたような――漠然とした誰かの〝夢〟であるということだ。その点でいくと、今現在紫衣の目の前に広がっているものは、間違いなく悪夢のそれだった。
狐火とも人魂ともつかないものが、周囲のあちこちを浮遊している。紫衣は右手の中のセミオート拳銃を握り直すと地を蹴り、対峙するものから逃れて、素早く木陰に身を隠した。
首だけを出して相手の様子を窺う。敵は、〝邪霊〟と呼ばれる三体の異形だった。そのうち二体は、全長が小高い丘ほどもある、汚泥のような見た目をした異形だった。皮膚は全身腐った粘液のようなものに覆われて分厚く、どろどろと溶けている。鈍い動きに反して忙しなく両目を八方に動かし、突然姿の見えなくなった紫衣を探しているようだった。さらに二体の奥には、それらよりさらに巨大でおぞましい見た目のものが控えていた。
しかし、怖ろしい三体の怪物を前にしても紫衣の精神は冷静だった。そうでなければ、単身奴らを打ち負かすことなど不可能だ。心の在りようがそのまま反映される世界である。当然油断もゆるされない。愛用のセミオート銃は命中率に優れ使い勝手がいいが、なにぶん火力が弱い。周囲に漂う雑霊と違って銃弾一発で片がつくはずもなく、けして軽んじていいような相手ではなかった。
――それに懸念すべきことは、もうひとつある。
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