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「……時間がない」
紫衣は小さく呟いた。逡巡する時間すら惜しい。行動を起こすべきは今すぐだった。
首から垂れ下げた紐の、服の下の物に意識を集中させると――段々それがじんわりと熱を帯びてくる。紫衣は少女らしいふっくらした左手を持ち上げると静かに揺らめかせた。――そこに、目的の物があって当然とばかりに。
何もないはずの手の中が陽炎のように揺らぐと、それはたちまち空気の固まりから光の凝集体へと変容し、みるみるうちに右手に握っているものと同じ、黒光りする銃器へと姿を変えた。ずっしりとした重みを携えたそれは、紫衣の手にひどくよく馴染んだ。
――すぅ、と紫衣は瞑目しゆっくりと時間をかけて肺一杯に息を吸い込んだ。血の流れを借り全身から末端まで酸素を行き渡らせると、次いで胸を絞るように少しずつ、緩徐に吐き出していく。身体から余分な力が抜け、頭の中が鮮明になっていくのを感じ――一拍。睫毛が震え、重たげな瞼がゆっくりと持ち上げられる。
――その形相は一変していた。
伏し目がちな大人しい少女の顔貌はなりを潜め、それは今や凶相といえた。見開いた瞳の奥は限界まで収縮し――殺気そのものを体現したかのような危険な輝きを放っていた。
次の瞬間。紫衣は突如として立ち上がり身を翻すと、乾いた破壊音を踏みしめながら、古木を一足飛びに駆け上がり――勢いよく跳躍したと同時に、敵の頭上にめくらめっぽうに飛び出した。造り物めいた能面顔に眼力のみを強調させ――それはあたかも、舞台に躍り出た操り人形のように。
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