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空中へと姿を曝け出し紫衣が飛び込んだ先は、泥状の邪霊二体の狭間だった。頭上に出現した気配に、黄色く濁った四つの目玉がぎょろりと上向いた。
しなやかに伸ばされた紫衣の両腕の手の中で、重厚な黒をまとった銃身が鈍く光る。銃口は左右の泥塊に向けられていた。一見すると、紫衣はろくに対象に狙いを定めていないようだった。しかしほとんど感覚のみでありながら、恐ろしく正確な精度でもって――照準は化け物の口にあたる部分に合わされた。
左右の引き金が、ほぼ同時に引かれる。
――ガウン! ――ガウン!
ふたつの銃声が重なって鋭く空間を引き裂いた。
重力に従って紫衣の体は下降していく、その間も連射が繰り返され、左右とも驚くほどその照準はぶれない。粘液の糸が引いている空洞のような口腔内に、執拗なまでに狙いは絞られている。霊力で出来た銃弾とはいえ、ふつうに当てたのでは、分厚い皮膚にめり込むばかりで、ほとんど効果を発揮しないと判断したからだ。だが口腔を通した体内は別である。それにやつらの『核』は、咽頭部を覆う肉の奥にあるのだ。
――ピシリ、と。響き合う銃声の狭間で小さい石が割れるような高い音が響いた。
紫衣が地面に着地するのとほとんど同時に、小高い丘ほどもある怪物二体はどぉっと音を立てて地に倒れた。途端に泥塊は崩れだし、崩れた端から蒸発するかの如く立ち消えていく。
二体とはいえ、紫衣はあれらの撃退に時間を要するとははじめから考えていなかった。彼女は過去に似たようなものと対峙したことがあり、弱点の場所なら何となく予想がついていたからだ。――しかし次はそうもいかないだろう。
幽鬼のように、紫衣はゆらりと立ち上がった。
それは紫衣も初めて相見える相手だった。向き合った紫衣の茶色いローファーの下で、砂利を踏みしめる小さな音が鳴った。
無残に消えゆく足元の残骸には一瞥もくれず、紫衣の両方の眼はすでに、排除すべき次なる対象を捉えていた。
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