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 掃除当番を終え、ひとの少ない教室で帰り支度をしていた宏行に向かって、紫衣の姿が見えないのだが知らないかと、乙哉が言いにくそうに話しかけてきた。  「帰ったんじゃない?」と能天気に返した宏行に、乙哉は微妙な顔をした。不思議に思った宏行は目を瞬くと首を傾げた。 「え、だっていつも一緒に帰ってるわけじゃないよね?ふたりとも帰る方向が違うし……」 「そりゃそうなんだが……」  珍しく、乙哉の口調は歯切れが悪い。ふたりがいかに距離の近い幼馴染といえど、当然四六時中行動を共にしているわけではない。一体何がそんなに心配なのかと宏行は首をひねったが――乙哉曰く、突然姿を眩ましたのは昨日に続き二度目なのだと言う。 「緋桜さん、昨日も突然いなくなっちゃったの?なんで?」 「聞いても答えなかった。大した用事じゃないとは言ってたが…何か様子がおかしかったような気がしてな。まぁ、勘だが」  自分でも過保護になっている自覚があるのだろう。歯切れの悪いまま、乙哉は気まずそうな表情をしていた。 「――家に電話とかは?」 「たった今、職員室のを借りてしたきたところだ。まだ帰ってない」  電波の飛ばないここ神籬町では、携帯やスマートフォンといった通信機器は持つことでかえってストレスをためる結果となるので、この町では大人でも所有しているのはほんの一握りだ。学生などは言うに及ばずであり、家に帰るまでの連絡手段はほぼないに等しい。 「……胸騒ぎがするんだ」  乙哉の勘が鋭いことは宏行も知っていた。そんな乙哉の真剣な表情を見ても尚、能天気なたちの宏行の中では考えすぎじゃないかという思いが捨てきれなかったが、お人好しなのもまた宏行の性質である。言いかけた言葉を飲み込むと、乙哉に付き合って一緒に紫衣を探すことにしたのだった。  そこからゆうに一時間もの間、二人は手分けして校内を探し回ったが―― 「見つからない…」  廊下で待たされていた宏行は、乙哉が職員室の扉を開けて出てくるのを見とがめると急いで駆け寄った。暗い顔で首を振った乙哉に落胆する。紫衣はまだ帰宅していないらしい。 「どこかで寄り道しているんじゃないの?」  宏行のそれらしい思いつきにも、乙哉は渋い顔をするばかりである。紫衣の性格上それはあまり考えられなさそうだった。  廊下の窓の外はすでに暗くなり始めている。別棟の中等部も含めていかに広い校内とはいえ、二人がかりでここまで探して見つからないのは不自然に思えた。乙哉の不安が伝播したものか、今では宏行までも妙な胸騒ぎを抑えられずにいた。  もしかすると事故にでもあったか。あるいは――  これはあまり考えたくないことだったが、宏行の中にはもうひとつの可能性が生まれていた。 「…もしかして、またあの神隠しが関係してるってことはない?」  不安げに切り出した宏行に、乙哉も表情を険しくした。 「……俺も、そんな気がしてな。ひょっとすると、また本家の奴らに……」 「え、なんて?」 「いや……、紫衣が常世の境界に渡った可能性はあるな」  聞き返す宏行に言葉を濁したが、乙哉もまた表情を改め、神妙に頷いた。 「どうするの?誰か…湍先輩に言って、入口を開けてもらわないと」 「いや、兄貴に頼む必要はない」  宏行が顔を上げ、純粋に疑問の目を向ける。 「俺も開けられるようになったんだ。修行して…大して技術が要るようなものでもないしな」  そんなやりとりを経て、二人は誰かに見とがめられる心配がないよう資料保管室に移動した。人目に触れ辛いこの小さな部屋は、中学時代に乙哉が見つけ――入口に段ボールを置くなどして更に見つからないよう小細工し――秘密基地のようにして使っていた場所だ。今では宏行と紫衣を加えた三人で、宿題をする時などにこっそりと使用していた。
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