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「…境界だ、本当に――」宏行は目を見開いて周囲を見渡したあと、乙哉を振り返って感嘆の声を上げた。
「すごいよ、修行の成果なの」
「…大した技術は要らないって言っただろ」
乙哉はやや不自然に顔を背けた。
「様式美からだいぶかけ離れた、ごり押しのやり方だしな。むしろこんなのは、御三家の人間ならとっくに習得してしかるべき技なんだよ。…今更会得したいってこっちが言った時、どんだけ小言を食らったことか……」
「あはは、それは仕方ない。ずっとサボってたんだもんね」
「――と、そんなことより紫衣の居場所だな」
乙哉は表情を改め、宏行も気合いを入れ直した。
「だけどここは――」
これまで見てきた境界の景色の中で、一番殺風景な場所だった。こんなところに本当に紫衣がいるのかと、宏行は不安に駆られた。
「常世の境界って、めちゃくちゃ広いんだよね?どうやって探せば…」
「一応、紫衣の気配を追って出たつもりだが……」
正直確証はないと言った乙哉の言葉に被さるように、はっきりとした銃声が、ふたりの耳を打った。
「――行くぞ」
音のした方へと、二人は駆け出した。無造作に生え並んだ枯れ木をよけながら音のした方向へと急ぐ。そう離れていない場所まで来ると乙哉は立ち止まり、後ろに続く宏行に止まるよう指示した。
「いた…」
息を切らして追いついた宏行は、乙哉の背中から紫衣の後ろ姿が見えたことに安堵して笑みを浮かべかけたが、次の瞬間その表情は凍りついた。
「――なに、あれ…」
目線の先には、確かに紫衣が立っていた。しかし更に奥に控えているものに、宏行の視線は釘付けになる。
「邪霊……悪霊だ」抑えた乙哉の答える声が、壁を一枚隔てたようにぼやけて聞こえた。それは直視に耐えかねる――醜悪で、グロテスクな見た目をした化け物だった。
木々の影から這いずって出てきたそれは見上げるほど大きく――胴体というものが存在しなかった。皮膚のたるんで皺だらけの頭部も、そしてそこから生える四足の手足もまた、ぶくぶくと膨らんだ肉塊の固まりであり、身じろぎする度に湿った音を立てている。眼にあたる部分は巨大な腫瘍の如きぼこりと盛り上がった白っぽい肉で埋められ、あるのは鋭い牙のびっしりと生え並んだ巨大な口ばかりであった。病的に爛れた暗赤色をした歯茎を剥き出しにして、開いた口の隙間からは肉厚な舌がでろりとはみ出している。
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