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化け物の肉を踏みしめ、跳躍し、空中で体を回転させ斬りつける。これをひたすら繰り返す。まるで演舞のようにして、軽やかに美しく紫衣は斬撃を繰り出し続けた。
異形のおどろおどろしい断末魔があたりを埋め尽くす。
やたらめったに斬りつけられるのに合わせ、化け物の血が噴き上がり――紫衣の全身を頭から真っ赤に染め上げた。
しかし紫衣の攻撃の手が緩まることはなく、それどころか返り血を浴びることに対しても全く気にならなかった。
こういう時、紫衣はほとんど何も思考していない。ほとんど勘で動いていると言って良かった。あえて考えずとも、向かってくる攻撃の回避も敵の急所への一撃も、解放した感覚が、脳が、勝手に状況を判断して肉体を操る。
紫衣はただ、本能に身をまかせて委ねればいい。
舌を横一線に分断され、苦痛にあえぐ化け物が、紫衣に向かって力任せに太い腕を振り下ろす――次の瞬間には腕の先は切り落とされ、ただ真っ赤な液体がとめどなく噴き出るばかりとなった。
圧倒的優勢。その光景を、宏行は一種の恍惚と爽快感をもって見つめた。紫衣の戦闘を目の当たりにするのはこれが初めてだった。気持ちのいい圧勝ぶりに興奮すらしてくる。
一方の乙哉はまだしも敵に同情的であった。確かに忌まわしく嫌悪すべき相手なのだが――一方的に惨たらしく制圧される怪物に奇妙な悲哀のようなものを感じていた。――紫衣のやつ、容赦がないなと思う。
連撃が一段落したタイミングでもって、紫衣は理性をほんの少し引き戻し――傷跡を観察した。
血の海に溺れながらも、すでに再生を開始している赤黒い傷口の中にそれを確認すると、再び異常な膂力をもって、体当たりするように刃を突き刺した。ピシリという音とともに手ごたえを感じて、血まみれの肉塊から跳びずさって離れる。
核を破壊された異形はしばし痙攣したのち、ぴくりとも動かなくなった。血もからだも、蒸気となって立ち昇り灰色の空に消えていく。
――終わった。あとは倒した証拠として本家に提出するため、三つの核の欠片を採取する作業が残っている。
紫衣は浅い呼吸からひと息つくと、首をわずかに傾げ全身から力を抜いた――直後、心臓が大きく脈打つ。
――きた。
首の後ろにずしりと重みを感じる。
徐々に血の気が引いていき、全身を倦怠感に包まれる。指先の痺れを感じとったのを最後に――紫衣の意識はブラックアウトした。
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