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 あれから3日が過ぎていた。  早朝の清々しくも澄んだ空気の中、祭司役の壮年術者の明瞭にして粛然とした声が、犇めきあう家人達の合間を縫って突き抜ける。  緋桜家の日課たる朝拝(ちょうはい)の、まさに只中である。  礼拝は一日のうち朝夕の二回執り行われている。特に朝拝は、朝餉の支度をこなす女中などのごく一部を除いて――本家も分家も区別なく、住み込みの勤め人に至るまでが昇殿し参列することが定められていた。  前に進み出でて奏上の詞を読み上げているのは、本家の中でも高位術者と呼ばれる霊能師のひとりである。御祭神へ日々の感謝を述べ、一族および神籬町全体の安寧と繁栄を祈るのだ。  横並びで整然と列をなすこの場は、御神体の鎮座する本殿と一般人の参拝する拝殿との間に設けられた幣殿であった。まさに荘厳華麗といった風情のそこには、巨大な龍の木彫刻が躍動感そのままに天井一面を泳ぎ、装飾欄間にあっても趣向の凝らされた見事な透かし彫りが施されている。  室内の最も奥まった場所には高い段が設けられ、天井から吊り下げられた御簾の向こうに据えられた神殿は反対に華美な所がなく、清浄さと重々しさを兼ね揃えて鎮座していた。燈明具の左右からの灯りによって仄かに照らされ、御前には供物として献上された御神酒や神饌が並べられている。  最も目を引くべきは、神殿をはじめ幣殿を構成する木材のほとんどが鮮やかな青色に染められていることにあった。  これは神籬町古来からの信仰が、五行思想の概念と切っても切り離せない関係を持つがゆえである。それは古代中国に端を発する自然哲学であり、(もく)()()(ごん)(すい)の五大元素による相生と相克をもって万物を成すという説である。  五行思想ではこれに色や方角、季節などを当てはめるのだが、緋桜家は『木』を司る一族であるから、それぞれ『青』『東』『春』が相当することになる。住処となる屋敷から社殿に至るまで青を用いるのはそのためであった。  『木』の中でも、一族の名を冠し、春に花咲かす桜の木はとくに重んじられる。年の節目に行われる祈願祭や年中行事なんかでは各務家が中心となって催すのが通例であったが、毎年桜が満開となる季節には、緋桜家が敷地内で独自に『桜花の宴』を開催していた。  今年ももうあと数日で花盛りになろうかという頃合いである。丁度一族中が大忙しで支度に駆け回っていた。今は隅に据え置かれ用向きのない管楽器や弦楽器の類も、当日は盛大に雅楽を奏で宴会を盛り上げるのに一役買うはずだ。
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