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――ねぇ、昨日のアレ…なんだったの?
――知らないよ。わけわかんない
――マジで理解不能~
――意味わかんなすぎてコワッて感じ。平然と学校来てるし……。てか、なんにも考えてないし、人の感情とかないんでしょ。機械人間だもん
――そうそう、みんな言ってるもんねー
――ユカぁ、大丈夫?あいつに触られたとこ、消毒しといた方がいいかも……
――冷血が移るかも。あぶないよ~
――アハハ、…ねぇ。
がやがやした周囲の雑音が、鼓膜を痛いほど打っていた。聴覚の鋭い紫衣にとって、教室の雑然とした喧騒はただでさえ耳に障るのである。今はとくに後方の席からの視線と、ひそめているようでいて聞こえよがしな声色が――悪意の気配が、紫衣の神経をピリピリと刺激し続けていた。
彼女らの吐く悪態の内容とて当然明瞭に届いている。しかし紫衣は『不快感』を感じてはいても、そのことに居心地の悪さをおぼえたり傷ついたりしているわけではなかった。所詮は過去に飽きるほど叩かれてきた陰口と相違ない。気に留める価値などないに等しかった。さしあたって問題なのは、とにかく神経がひどく落ち着かず、気が休まらないことなのだ。紫衣は聴覚のみならず、五感をはじめとする知覚が人より鋭敏なたちであった。己の意思とは無関係に、彼女らの悪意ある無遠慮な注目は、どうしたって感覚の方が先に反応してしまう。
(……〝わずらわしい〟)
思い浮かべた言葉が、自分の心情を果たして正確に言い当てているかはよくわからなかった。的を得ているような気もしたし、同じくらい他人事のようにも思える。しかし吟味するには至らず、いつものこととして紫衣は深く考えることをやめた。
「……」
身体が妙に重怠く厭わしい。眠気が追いかけてくる。ひとつの空席が妙に目についたがそれすらわずらわしく、それっきり紫衣は机に伏して目をつむり、無理やり耳から音を追い遣った。
周囲に隔てをつくって塞ぎ込むように――世界を遮断するように。
――ストン、と寝入るのは一瞬のことだった。
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