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「…なんなんだ」
「おはよう、乙哉くん」
「コガ。はよ」
怪訝な表情の乙哉に声をかけたのはクラスメイトの古賀宏行だった。乙哉は肩から力を抜くと、途端に気楽な態度になって向き合った。
「ナイスタイミングだったよ」
「あ?」
宏行は笑いながらも苦い顔をした。
「…原田さん達、さ。クラスの空気悪くしてたんだ。…緋桜さんのことで」
宏行が視線を遣るのを追うように、眉を顰めた乙哉は紫衣の席を見つめた。当の本人はまだ予鈴も鳴らない時間だというのに、机に突っ伏して深く寝入っているようだった。
「原田達シットしてんだよ、各務が緋桜さんばっか気にかけるから!」
突然からかう口調でふたりの会話に横入りしたのは、宝田という名の男子生徒だった。やや離れた席から人懐こい笑みを浮かべている。すぐそばには榎本というほっそりした長身の生徒が立っていた。どちらも高等部に進級してから知り合った、乙哉と宏行のクラスメイトである。中等部からの持ち上がりだが、どちらもふたりに対して好意的だった。
「…幼馴染なんだ、ふつうだろ」
「え~、そんなことねぇよ。この町に住んでりゃ、あちこち幼馴染同士だらけだけどさ。なぁ榎本」
「まぁ。ど田舎だし、学校なんか数えるほどしかないしな」
「おまえらみたく、ほぼ毎日つるんでることなんかないって。女子同士なら別だろうけど」
「……そういうもんか」
乙哉は変に神妙な顔をしてみせた。なんとなく誤魔化したくてふつうなどと言ってはみたものの、一番それを理解していないのは当の乙哉自身だろう。他人との距離を測ろうにも対となる相手がおらず、生まれてこの方、ほとんどひとりの世界で生きてきたのだ。ごく例外として、実の兄と、幼少時より知る紫衣に対してのみ多少気を許さないでもなかったが、紫衣と深く関わるようになったのはごく最近――彼女が外部生として同じ学校に入学してきた前後あたりからだった。
「でも…わかるぜ、おまえの気持ち」
「なに?」
宝田が妙に含みのある笑みを向けてくる。
「だって――あんなに美少女だもん、そりゃあかまうよな!」
乙哉は呆れて仕方ないという顔をした。
「おまえな……」
「おまえな……」
「照れんなよ、かがみん!」
「やめろその呼び方」
とびかかり肩を組む宝田の腕を、乙哉は鬱陶しそうに払いのけようとする。どうみても男子高生同士がただじゃれているだけの気の抜けたやりとりだったが――それを、まるで親か何かのような微笑ましげな顔をして宏行は見つめた。神籬町の出身者でない余所者の宏行と、この町きっての有力者の息子である乙哉が知り合ったのはほんの数か月前のことだ。短い付き合いだが、こんな平穏な光景が以前では絶対に考えられなかったことを、彼は知っていた。
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