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 神籬町とは、周囲を連山でぐるりと囲まれた盆地一帯を指す。県内の中心都市からはおろか、『隣町』という概念からして存在しないほど、遠く隔絶された自然の中に外部の人間を寄せ付けない形で存在していた。もしかすると昔の隠れ里や隠れ集落なんかに近かったが、拓かれた土地の規模はそれらの比ではなく、『村』とも呼べないほどに広大なのである。それでいて、近代まで公に知られることのない秘境地であり続けられたことは、ひとえに奇跡と言ってよかった。  だがし現代に至っては、豊かな資源を持つがゆえに当然のように外部から開発を推進する声が届く。しかし住民はもとより町の名士や有力者までもが、先祖代々受け継いできた土地を売却したり、必要以上に山を切り崩して町を拡げるようなことを良しとしなかった。ならばと、今日では珍しい古来から続く自然崇拝的信仰と貴重な自然環境をもって世界遺産登録に申請してはどうかとの申し出に対してもまた、取り付く島も与えず一蹴し続けていた。  肥沃な土地のため、収穫される農作物は年々豊作である。加えて木の実や山菜、獣や魚といった大自然からの恩恵を、けして乱獲せず町の取り決めに従い狩ることで、住民達は自給自足を実現させていた。それでいて生活区域は住みやすいよう整備され、町の中心地においては高層のビルが立ち並ぶ始末であり、現代化と古の文化を共存させた、なんとも稀有な町といえた。  神籬が隔絶された地でありながらこうも発展しているのには、いくつかの奇跡的な理由があったが、そっらの幸運は全て、ある呪術的な理由と紐付けて考えられていた。  周囲を取り囲む山々の中でも北側に聳立(しょうりつ)するはひときわ巨大な雄峰であり、町全体を悠然と見下ろしている。大山からは大路が西に伸び盆地の外縁を沿うように続いており、それをずっと辿っていくと、細い道へと幾重にも分岐し森の外に向かって抜けていく。  北に高峰、東に河川、西に大道。禁足地にあたる南の森の奥には湖沼(こしょう)が存在するはずであり、これらはかの平城京や平安京に通ずる、風水的に理想とされる地形の形であった。  山脈・大地から生まれる龍脈の集まる場所を龍穴といい、龍穴を守護する構造物を砂手(さしゅ)という。東西北に配置された御神体とそれを安置する神殿こそがそれであり、これを脈々と守り祀ってきたのが御三家と称される三つの一族である。  御神体を依代に三家がそれぞれ祀るのは、土地の守り神たる神霊達である。神籬に住まう者に恵みと豊かさを与えてくれるそれらの神々は大自然とほぼ同義であり、神籬に住まう者にとってその存在は身近でごく当たり前のものであった。  神籬で生まれ暮らす者には神聖な大自然からの加護がある。第六感的感覚や霊能を有して生まれてくる者もこの町ではそう珍しくない。中でも御三家の者となれば別格である。嫡流となる本家は当然のこと、分家においてさえも持ち得る霊能力は一般住民の比にならなかった。  地相を占い、目に見えぬを読む――この町において『各務』『緋桜』『承和(そが)』の御三家本家が、長年に渡り神籬町の統治を担ってきた。中でも各務家は他二家を牽引する立場にあり、現当主は湍と乙哉、兄弟ふたりの父親である。外の世界で『神籬三家』といえば、においては誰もが耳にする強力な名の通った一派なのであった。  ――そんな中において。  御三家のひとつ緋桜家の一員にして――それも、本家跡継ぎを定められていながら――町にありふれた霊能者、下手すると幼い子供にも劣るほど過少な霊能力しか持たない。それが紫衣だった。
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