姉妹らしきことをした

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
【姉妹らしきことをした】 私が会いに行った異母妹は、豪勢な自宅のリビングルームで、実父に向ってゴルフクラブを振り下ろしていた。 ゴルフクラブはドライバー、凄いゴルフボールを飛ばすためのクラブでその光景はまるでスイカ割のようだった。 割ってやるという勢いが十二分に込められている。 休日のお昼時、いきなりのバイオレンス。 異母妹は呻き始めた父親に対して何度も何度もゴルフクラブを叩きつける。 庭にいた私は止めることが出来なかった。 実父は私にとっても実父であるのだけれども、いい思い出がない。父親がいなければ私は生まれることはなかったのだが、 ざっくりいうと私は妾の子で向こうは本妻の子だ。どこかの会社の重役で人生満帆の父親は浮気をして私が生まれ、母親と私を捨てた。 捨てられた母親は私に虐待したりとか、私も私で母親に捨てられたとか母方の祖母がいなかったら、死んでいたとかあるが、今はどうでもいいことだ。 これは殺人だ。 殺人を誰にも知らせることもなく、私は見入ってしまっている。父親に対しては恨みとか、以前にどう扱っていいのか不明で、その父親が死のうとしている。 異母妹は肩で息をしていた。 ゴルフクラブは素手で握っているため、指紋がべったりと突いているだろう。異母妹も異母妹で顔に血液がついている。 何度も妹は頭を振ってからゴルフクラブを両手から捨てた。父親に近づいてそっと屈みこむ。 それから、テーブルの上にあるガラスの灰皿を持ち、父親の頭にたたきつけた。トドメである。父親はきっと死んだ。 犯罪を行った異母妹はというと、心の底から笑っていた。 「ちょっと!!」 ガラス戸に手をやり、勢いよく開けた。開いた。 異母妹は驚いた様子で私の方を見る。誰だろうという顔だ。無理もない。私は向こうのことを知っているが、向こうは私のことを知らない。 「誰」 「アンタの姉妹」 「……姉妹……」 「そっちが本妻の子、私は妾の子。で、私の方がやや年上だけど、同じ年!」 「わぁ……コイツ……」 妹は明るい茶色の髪を背中まで伸ばしていて、前髪をおろしている。着ているのは女子高のブレザーだ。なんか偏差値高いところのだ。 対して私は黒髪をショートカットにして、シャツと長ズボンの私服だ。勢いで私は状況を説明した。 説明を聞いた異母妹は父親に視線をやってから、晴れやかに笑む。見下している顔だ。こいつの血を引いているのが汚らわしいとか、 何よりもその顔は私のやったことは間違っていなかったという確信の顔だ。 「浮気で私の方が生まれたのは嫌だろうけど」 「んー嫌じゃない。わたし、今とてもわくわくしているの。コイツを殺せたことと、ねえさんに会えたこと」 「わくわく……」 父親が浮気していたことを嫌がるかと想ったら、そうではなく、逆にわくわくしているなんて言われた。解答が予想外すぎる……! おうむ返しに言う私に異母妹は手を差し出した。 「自首しようと想ったけど、やめた。ねえさん、わたしと逃亡してくれない?」 逃亡劇である。 そして終幕は決まっている。異母妹は異母妹で、捕まってもいいと想っているというか、やることをやってしまったので人生悔いなしと いった状態だ。人生はまだ長いのにとか、なってしまった。異母妹は服を着替えて、鞄をもって何事もなかったかのように家を出た。 私も私で警察とか呼ばなかったけれども、誰かが死体を発見して、誰かが警察を呼んでくれるだろう。 そして警察は調べて異母妹を逮捕する。さすがに警察も馬鹿ではない。 「海がいいな」 なんて異母妹が言ったから、私たちは海に行くことにした。電車に乗って、海へ、そこそこに会話をしつつ、まずは海だ。 「山じゃダメなの」 「推理物であるじゃない。最後は海。さすがにアレはアレだし」 「アレをアレで察する身にもなれ」 雰囲気作りとかで、二時間物のサスペンスとかは最後は海で推理を披露することになる。再放送ばっかりやっているサスペンス、たまに見る。 異母妹は遊びに行くような雰囲気で、私と共に電車に乗り、海だ。 「ねえさん、アレのこと好き? 嫌い?」 「表現が難しい」 「アレはさ。母さんに飽きて、わたしに目を向けてきたの」 さらりと、異母妹が話してくる。 「母さんの方がお金持ち。アレは母さんと結婚したんだけど、母さん、病気しちゃって。がりがりになっていったのね」 電車はガラガラだ。休日のくせにとなったが、幸いなのだろう。私と異母妹は向かい合って座っている。 病気で異母妹の母親はやせ細っていったのだそうだ。 「……で?」 そうとしか聞けない。 「そんな母さんは最近死んだの。しじゅーくにちが終わって、そこからメートル単位でおかしかったのが、キロ単位でおかしく」 「いずれにしろ、おかしいじゃない!!」 「部屋に鍵かけて、頑張ったよ」 ふんわり表現をしているが、やっていることがやっていることだ。父親、ろくでもなさすぎない……? あっちのかあさんの代わりを異母妹に求めていたって……。 「……だから……?」 「アレは、母さんがお人形で棒だったの。表向きは普通にしてたけど、それで今日、ついにアレがね…… いずれ来ると確信していたから、確信を確信にしただけ」 異母妹の言葉は日本語でよくある察してよ、だがそれを実際の言葉で語ってしまえば、逃亡劇が終わりになってしまう。終わればいいってか、 いつか終わることだけれども、猶予は欲しいのだ。ほしくなってしまったのだ。 お人形で棒だったとしているが、そちらの家もろくなことがなかったようだ。 「そっちは金があるし、素敵な家族をしていたって想っていた」 「お金はあったよ。不自由はしてなかった。それについては母の実家に感謝」 父親はどうしたとなったが、触れないでおこう。アレ表現ばかりしてしまう。アレについては、私も詳しくは知らない。 「着きそうだよ」 私は異母妹を促した。電車は、駅へと到着しようとしていた。 やってきた砂浜には誰もいなかった。 居なくていいとなる。異母妹と私は砂浜を踏みつけていく。裸足で行こうとする異母妹を止めたのは私だ。裸足が通じるのはドラマの中だけだ。 砂浜は意外と汚いし、海水で濡れて砂が付いたら、洗い流すのが大変だ。 「ねえさんは、どうして我が家に来たの。お金とかほしかった?」 「ストレートだな」 「うちはお金が魅力。それ目当てで話しかけてくる人が、いくらでも」 「生活自体は何とかなってる。こっちは育ててくれた祖母が死んで、家は残してくれたんだけど」 生活については詰め込んだバイトで何とかしている。私は祖母が死んでから日々をバイトをしつつ、学校生活も送っていたが、 ある日思い出したのだ。異母妹がいることに、父親に正式な家族がいることに。 顔だけ見てみようとしたのだ。住所については家の整頓をしていたら、箱に入った紙切れに書いてあった。父親は金とかこっちにくれなかったし。 「家か。あの家、売れるかな……」 「不況だから難しいんじゃない」 「やることはやっちゃったから。これも、すぐには終わりそうだけど」 家については所在を気にしているようだが、未練がないようだ。 「どうして逃げようとしたの」 波が近づくぎりぎりまで寄っている異母妹に私は聞いてみた。異母妹は海に背を向けた。私と視線を合わせる。 「ねえさんと話してみたかったから、それだけ」 「それだけ?」 「それだけ」 「そう」 「そうなの」 本当に、それだけだった。 異母妹はやることをしてから、警察に電話でもして、自首するつもりだったのだろう。それが、私が来たから会話のために 会話の時間が欲しかったから、逃亡したのだ。 これは逃亡ほう助になるのだろうか。犯罪になるのだろうか。そこまで考えたが、 「話そうか。終わるまで」 「話してくれるんだ。終わるまで」 異母妹はまた笑う。綺麗な笑顔だと想った。父親を殺した時に浮かべた笑顔とは違うけれども、浮かべた笑顔も華やかだ。 終わりは必ず来て、私たちの人生は瑕が入り、先行きがぐちゃぐちゃだけれども、それでも、この瞬間だけは 私たちの時間なのだ。 「海で遊ぼう」 「踊ってくれる?」 「踊ろうか」 「踊ってくれるんだ」 異母妹の両手を握る。父親を殺した手はとても暖かく、異母妹からすればゴミを片付けただけに過ぎないのだろうけれども、 私からしても同じことで、私は異母妹に負けないように笑って見せた。 「姉妹だからね」 【終わり】
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!