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霞んで見えない、その先
早く大人になりたい。
それが叶わないなら、存在していた事実ごとあっさり消えてなくなってしまいたい。
階段で駅のホームに降りる。乗車口の目印傍に立つと、少女、真冬は手元の画面を見てため息をついた。表示される時刻は、帰宅がいつもより少し遅くなったことを示している。
何て言おう。
寄り道が禁止されているわけではない。しかし、水曜日はいつも真っ直ぐ帰っているから、伯母は不思議に思うに違いない。今の内にメッセージを送った方が、心配を掛けずに済むだろうか。そうは思うが、上手い言い訳が思いつかない。手提げのスクールバッグがずしんと重くなる。
ホームルームの後、教室を出る直前で担任に捕まった。その手には先日提出した進路調査アンケートが握られていた。
――山野田。これ、林野さん達とちゃんと話し合ったのか? 林野さんは、お前を進学させる用意はある、とおっしゃってたぞ。
進学なんてしたくない。これ以上、伯父夫婦の世話になんてなりたくない。就職して、あの家を出て、少しずつでも伯父夫婦にお金を返す。それが真冬の理想なのに。それだけが真冬の目標なのに。大人は誰も分かってくれない。伯父も伯母も祖父母も、先生も、誰も。
悔しさともどかしさに唇をかむ。
向かいのホームに見えた、女性の明るい茶髪が、イトコの後ろ姿によく似ていた。向かい合った時、苛立ちを押さえるようにきつく腕を抱いていたのを思い出す。
――まーちゃんはさ、何が不満なの。パパもママも、まーちゃんのこと、こんなに大事にしてるのに。いっつも不機嫌そうにしてる。どうしてあげたら満足するの。
放っておいて欲しい。そう言っていたら、また平手が飛んで来ただろうか。
何が不満なのかと聞かれたら、それは自分の無力さ以外にない。自分が満足にものを成せない子供だから、こうして周りに迷惑ばかり掛けてしまっている。
早く大人になりたい。それが叶わないなら……。
鐘を突くような高い音がホームに響く。女性の声が番線と行き先をうたう。ベンチに座っていた老女が腰を上げた。柱を背にして手元を見ていた青年が顔を上げた。自動販売機の前で屈んでいた少年が、缶ボトルを取り上げて上体を起こす。
真冬はつま先で点字ブロックのでこぼこをなぞった。
鐘の音が、鋭さを増して頭の中にこだましていた。
***
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