霞んで見えない、その先

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 電車が止まる。  がたんっとつんのめるような揺れで半覚醒する。真冬の耳に、ぷしゅーっという空気の抜ける音に混じって平たんなアナウンスが届く。 『終点。終点。』  はっと目を見張る。  寝過ごしたっ!  膝に乗せていたカバンを抱きしめて、固い座席から飛び上がる。カバンに付けた桃色の花のマスコットが大げさに揺れた。  この時間、この車両は回送だったはずだ。反対方向に戻りたいなら、別のホームから電車に乗らなくてはいけない。急いだらすぐ出るのに乗れるかも。  車内からホームへ飛び出した真冬は、一歩二歩と足を止めた。  すぐ左に階段があるはずなのに。それを駆け上がろうと思ったのに。視線の先は人のいないホームが真っ直ぐ伸びているばかりで、フェンスの向こうに民家があった。 「え……?」  息が抜けるように、かすかな声がもれる。  普段利用している電車は、上りも下りも終点はそこそこ大きな駅のはずで。先程乗っていたのは下り。上りの方の駅と比べれば確かに小さいけれど、ホームがいくつもある、二階建ての駅舎にファストフード店や本屋がある、立派な駅のはずで。フェンスの向こうにはバス停が見えたのに。  真冬はギクシャクと首を巡らせた。  線路が片側しかない。古いトタン屋根が影を落として、全体に薄暗く見える。チカチカと白い電灯が頑張ってはいる。ホームの真ん中辺りから数段降りた先にある改札は、壁に囲まれて横からの光がないためか、空気に灰色を落とし込んだように一層暗い。  予想外の事態と知らない場所に、カバンを抱いた胸がドキドキと脈打っている。しかし、呼吸をする内に落ち着いてきた。よく思い返せば見覚えがある、かも。  家の最寄り駅も小さいし、これくらいの規模の駅はいくつか車窓から見えていた。だから、そう、ここは途中の駅のどれかだ。自分は寝ぼけて間違えたのだ。  そう真冬が結論に至ろうとした時、ぷしゅーっと空気の入る音がしてドアが閉まった。車両が滑り出して、ガタンゴトンと遠ざかっていく。視界が開けて少し明るくなる。線路の向こうにはただ畑が広がっていた。  体感として、電車は先程とは反対方向、上りに行ったと思う。では、やはりここは終点なのだろうか。でも、じゃあここはどこなんだ。  真冬はホームへ視線を戻した。立て看板状の駅名標を見つけて、よろよろと近づく。正面に立った。  上に大きく書かれたひらがなを見ても聞き覚えはなく、小さく書かれた漢字を見ても見覚えはない。上り下りそれぞれの次の駅も知らない名だ。  それでも駅名さえ分かれば場所は分かる。真冬はカバンからケータイを取り出した。画面を見て目を瞬かせる。  99/99/99(水)99:99。  時刻表示がおかしい。曜日だけ正常なのが妙に滑稽だ。驚いてあちこち押してみるが、フリーズしたようでうんともすんとも言わない。  どうしよう。壊してしまった。  ケータイを胸元に握りしめて、辺りをうかがう。誰もいない。鳥や虫どころか、草木の音すら遠い気がする。静かだ。  真冬はホームを降りて、改札横の窓口をのぞき込んだ。無人だ。  不安が、恐怖に塗り変わる。知らない駅が、さらに得体の知れない場所に変わる。  真冬はカバンのサイドポケットからパスケースを引っ張り出した。駆け込むようにして改札を抜ける。なじんだ電子音がして、バコンッとゲートが開く。  あっさり外に出ることが出来た。勢いで陽の下まで出る。光が目を刺してチカチカする。包む空気の暑さに緊張した体が緩む。  何を、考えたのだろう。ただ迷子になっただけなのに。ケータイが壊れたことは一大事だけれど。  ふぅっと息をつく。とにかく、路線図を見てみよう。確か券売機の上にあったはずだから。  きびすを返そうとして、視界の端に映ったものにびくりと肩を跳ねさせた。
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