霞んで見えない、その先

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 駅舎に背を着けて並んだ自動販売機のその横に、小さな子供がうずくまっていた。スカートの裾からのぞく膝を抱えて、顔をうずめて丸くなっている。  髪が黄と橙の二重のリボンで高い位置にくくられている。あまり長さがなくて、馬というよりはウサギのしっぽのようだ。ヒマワリを模したポシェットを斜めに掛けているが、アスファルトの地面に着いてしまっていた。  真冬が恐る恐る観察している間も、少女は顔を伏せたままだった。時々、ひぐっとしゃくり上げる声がして小さな頭が揺れる。  どうしたのだろう。どこかケガをしているのだろうか。お腹が痛いのだろうか。  ……まさか、お化けじゃないよな。  ぽつりと頭に浮かんだ考えを、横に振ってふるい落とす。 「あの、大丈夫?」  声を掛けると、ウサギの尾が揺れた。そろりと顔が上げられる。まあるいほほが涙にぬれて赤く腫れていた。溶けそうなほど潤んだ大きな瞳とかち合う。真冬を見つめて数秒、ぐにゃっと口がゆがんだ。八の字になっていた眉がついにくっつく。  少女は飛び上がって真冬の腰にしがみついた。ワイシャツのお腹に顔をうずめて、わあわあ声を上げる。 「うぇーんっ。ままぁ。」  真冬は両手を中途半端に上げたまま、おろおろと視線を巡らせた。  塗装の所々はげた駅舎。並んだ自動販売機。歯抜けに自転車が並んだ駐輪場。木々に飲み込まれそうな公衆トイレ。  大人はどこにも見当たらない。子供もこの子しかいない。  どうしよう。迷子なのに、迷子を拾ってしまった。  ***  ぽんぽんとたたくように頭をなでる。落ち着くと泣いたことが恥ずかしくなったのか、少女は顔を赤くしたままうつむいていた。しばらく待つと、身振り手振り訳を話してくれた。  驚いたことに、少女も”まーちゃん”というらしい。自動販売機で売っているジュースを求めて、お家を出てきてしまったそうだ。お母さんがお昼寝をしている間に。 「ママね、きょう、げんきないの。おねつあるんだって。ちょっとね。パパがごはんかってくるって。だから、まーちゃんジュースかうの。」  何がどうつながって「だから」なのだろう。  あちこちの自動販売機を見て回り、この駅でようやく目的のものを発見。無事購入し、さあ帰ろうと思ったら、自分がどちらから来たのかも分からなくなってしまっていたという。知っている道や建物を求めて周りをうろうろしてみたが、全然分からないし、足はじんじんと痛くなってくるし、もう二度とお家には帰れないんだ、と絶望していたらしい。  話し終わった少女の顔は悲壮なものだったが、真冬が自分も”まーちゃん”なのだと教えると、少しだけ笑顔を見せてくれた。  さて、ここがどこなのかも分からない真冬には、少女の家がどこなのかなんてもちろん分からない。それでも、おそらく就学前だろう小さな子を放り出すことなんて出来なかった。  駅員が休憩している可能性にすがって公衆トイレに近づいてみたが、中に人がいる気配はなかった。諦めて少女の手を握る。 「お巡りさんなら、まーちゃんの家が分かるかもしれないよ。」 「おまわりさん!」 「交番を探してみよう。」 「ワンちゃんいる? ワンちゃんのおまわりさん!」 「……どうかなぁ。」  それは童謡のお巡りさんのことなのか、それとも警察犬のことなのか。どちらにしろ普通の交番にはいないわけだが、仔猫の夢を砕くのが忍びなく、真冬は曖昧に笑った。  ***
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