霞んで見えない、その先

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 線路に沿うように進むと大きな通りに出た。右手に踏切がある。真冬は少女の顔を上からのぞいた。 「ねえ、まーちゃん。踏切は渡った? あっちとこっち、どっちから来たかも分かんないかな?」  線路の向こうとこちら側、右と左を指し示す真冬の指を大きな目が追う。不思議そうに小首をかしげて、しゅんっと眉を八の字にした。 「……わかんない。」 「そっか。」  余程ジュース探しに夢中だったのだろうか。信号とかはちゃんと見たのだろうか。事故とかに遭わなくて良かった。本当に。  右は道の両側に畑が続いていた。左は背の高いアパートや一軒家が並んでいる。真冬は取りあえず左に進むことにした。大きな通りなら、きっとどこかに交番があるはずだ。  今立っている歩道は幅も狭く、少し行くと生け垣がピョコピョコと道に枝を伸ばしていた。向かいの方が車道より一段高くなっているし、ガードレールがある。小さい子がいるのだから、安心して歩けるあちらの方が良いだろう。  真冬は少女の手を引くと目の前の横断歩道を渡った。少女はてんってんっと、しま模様の白い部分を飛び石のようにして跳ねた。  ***  何棟も並んだアパートの間に公園のような広場があった。少女は植え込みに咲いた花を突いて遊んでいるが、建物には興味を示さなかった。 「まーちゃんのお家って、どんな感じ?」 「ふつう!」 「普通、普通かぁ。んー、何階建て?」 「にかい! でも、まーちゃんちはいっかいだよ!」  二階建てのアパートの一階に住んでいるということで良いのだろうか。  真冬は前方に気をつけながら左右を見た。アパートは部屋数を数えるのもうんざりするくらい大きなものばかりだ。見てすぐ分かる範囲に少女の家はなさそうだ。  少女は上機嫌でつないでいる手を振っている。人懐っこい子だ。 「ねえ、ジュースって何買ったの?」 「ん? あのねー、これ!」  一旦解いた手を、少女はひまわりポシェットに突っ込んだ。すぐに、小さな手には余るペットボトルが真冬へ突きつけられた。ちゃぷんっと不透明な薄橙色の液体が揺れる。  真冬はその色にも赤いラベルにも見覚えがあった。ヨーグルトっぽいような、牛乳っぽいような、甘酸っぱいジュース。 「私も好きだよ、それ。」  もう随分と飲んでいないけれど。小さい頃も、甘すぎて虫歯になるからと、ちょっとずつしかもらえなかったけれど。今にして思えば、あればあるだけ真冬が飲んでしまうことが原因だったのかもしれない。  少女がきらきらと目を輝かせる。 「ほんとっ? まーちゃんもすき! でも、ママがだいすきなんだよ! だから、ママにあげるの! ママげんきなるよ!」  この子の母親は具合が悪いのだったか。今頃、我が子がいないことに気がついてひっくり返っていなきゃ良いが。 「そうなんだ。じゃあ、大事にしまっておこうね。」 「うん!」  ボトルがひまわりポシェットにいそいそとしまわれる。  そういえば、母は真冬に飲ませるのに気を遣っていたが、父はよく買ってきた。遊びに行った帰りに、ママへのお土産だと二人で買って帰ったこともある。  母の好物だったからだ。  ***
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