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交差点に差し掛かる。正面の信号がチカチカと点滅したので、無理せず止まる。この後直進しても良いものかどうか、真冬は左右に伸びる道を確認する。渡った先の右の道に大きなスーパーマーケットが見えた。
「さざんか!」
跳ね上がった声に思考を遮られる。
「え?」
視線を下ろす。真冬の手を両手で胸元に抱き込んで、少女が体をかしげていた。ぶら下がるように負荷が掛かってちょっぴり重い。真冬を挟んで反対側、真冬が肩に掛けているカバンをのぞき込んでいる。
カバンのベルト状の持ち手にくくった、フェルト製の桃色の花を見つめてもう一度口を開いた。
「さざんか!」
真冬はぱちぱちと目を瞬かせる。
「……よく分かったね。」
大きな花びらと、丸い葉、真ん中の黄色いアクセントから、クラスメイトもイトコもこれをツバキだと呼んだ。最初、真冬もそうだと思っていた。
ふふんっと鼻を鳴らして少女が反り返る。
「ママのすきなハナ!」
「そうなんだ。」
この花は、元々真冬のポシェットに付いていた。祖父が真冬とイトコに同じポシェットを買い与えたので、区別が付くようにと母が作ってくれたマスコットだった。
――お。良かったなぁ、真冬。サザンカか。ママの好きな花だなぁ。
ポシェットを提げた真冬を見て父が笑った。真冬が生まれた頃咲いていた花だと聞いて、以来真冬もこの花が好きになったのだ。
「おねーちゃん? あおだよー?」
ぐいぐい手を引っ張られて真冬は我に返った。少女がてけてけと走り出すので慌てて追いかけた。
***
くんっと手を引かれて真冬は立ち止まった。少女がぴょんぴょん跳ねる。大きな目は道の脇に向けられていた。
「ここ! プリンのおみせ!」
「プリン?」
見上げる先は一般的な一階建てのスーパーマーケットだった。入り口には花と果物が並んでいる。看板のロゴにも、ガラス窓に貼られた広告にもプリンの要素はない。
「パパとおかいものするの。プリンいつもかってくれるよ。」
「ああ。なるほど。」
真冬は苦笑した。父親は随分この子を甘やかしているようだ。
――真冬。今日は暑いから、アイスにしようか。
――んー? とけちゃうよー。
――走って帰れば大丈夫だって。ほら、ママのも真冬が選んで。
頭をなでる父の手、それを振り払うように真冬は首を横に振った。思考に割って入った幻を散らす。
真冬は努めて口角を上げた。少女の顔をのぞき込む。
「このお店、よく来るの?」
「うん!」
「車?」
「ううんっ。ママはじてんしゃ! パパはて、つなぐよ。」
ということは、ここはばっちりこの子の生活圏内ということだ。真冬はきょろきょろと辺りを見た。道路を渡った先にコンビニがある以外、住宅ばかりだ。
「いつもどっちから来てるの?」
「うーんと、あっちにかえる!」
少女はコンビニの脇の道を指し示した。
選ぶ道が悪いのか、ここまで交番を見つけることは出来なかった。もうこのまま少女の家まで行ってしまおう。
***
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