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「良いかい、お前たち。お母さんが帰って来るまで、扉を開けてはいけないよ」
「はーい」
お母さんやぎが買い物に出かけ、七匹の子やぎたちは家で留守番をする事になりました。
暫くすると、扉が叩かれます。
「ただいま」
子やぎたちは扉を開けようとしましたが、その声ががらがらなのに気付いて叫びました。
「お前はお母さんじゃないやい!」
子やぎたちが気付いた通り、やって来たのはお母さんではなく、おおかみだったのです。
おおかみはそれを聞くと、黙ったまま諦めて帰って行きました。
すると暫くして、また扉が叩かれます。
「ただいま」
子やぎたちは扉を開けようとしましたが、小窓の向こうに掛かった手が茶色い事に気付いて叫びました。
「お前はお母さんじゃないやい!」
おおかみはまた黙り込んで、そのまま帰って行きました。
ところが、また扉は叩かれました。
「ただいま」
声は綺麗だったし、手も白かったので、子やぎたちはとうとう扉を開けてしまいました。
向こうに立っていたのは、扉が開くのを待ち望んでいたおおかみでした。
子やぎたちは大慌てで家中に隠れました。
「……お前たち、元気そうで良かった」
ところが、おおかみは怖そうな表情など見せず、そう呟きます。
「よく聞きなさい。俺はお前たちのお父さんなんだ」
「信じられないと思うが……お前たちは、おおかみとやぎの間に生まれた子なんだよ」
天敵同士である、おおかみとやぎ。そんな二匹の禁断の交わりを、周囲は許さないと分かっていた筈でした。それでも、彼は愛を信じていました。ところがいざ子供が生まれると、お母さんやぎは豹変。全てなかった事にしてしまおうと、彼を殺そうとしたのです。何とか助かったものの、この場所を突き止めるのに随分時間が掛かってしまったのでした。
おおかみの悲しそうな言葉に、子やぎたちの表情は変わっていきます。
「会えて良かった。お前たちの顔が見られて。この事はお母さんに言わないでくれ。じゃあ……」
その時、去ろうとするおおかみの腕が、ぐいと引かれました。
六匹の子やぎがおおかみの傍で、彼をじっと見上げていたのでした。
たった一匹、末っ子だけは、時計の中に隠れていました。
恐る恐る外へ出ると、そこには誰もいません。
おおかみに食べられてしまったのだと泣き出した所で、漸くお母さんが帰って来ました。
泣きじゃくる末っ子の話を聞いて、お母さんは驚きます。
「皆を助けに行きましょう。まだ助かるかもしれないわ」
慌てて準備を始めるお母さんの背中を、末っ子はぼんやりと眺めていました。
……あれ、どうしたんだろう。
お母さん……凄く美味しそうだなあ。
無意識に涎を垂らしてしまっている末っ子の目は、段々鋭く光っていくのでした。
――了。
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