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最終話
私だ。あの顔は、私の顔だ。
「お察しの通り、これはあなたと同じクローンです」
そういえば、科学雑誌で読んだことがある。
私のような治療では、クローンを何体も作るのだとか。
たいていの場合、細胞が完全に固定せず、あのようなどろどろの塊になってしまう。
そのようなクローンのほとんどはすぐに死んでしまうが、ごくまれに、不完全なまま生きのびるやつがいるらしい。
私は、不完全なもう一体の私に視線をやった。
すると、向こうもこちらをぎろりとにらんできた。
目があって、はっきりわかった。
ベッドの下に落ちていた紙きれはこいつが書いたのだ。
こいつは私を殺して、いつか自分が本採用になるつもりなのだ。
白衣の人は、あいかわらずにこにこしながら、語り出した。
「数年前まで、本採用にならなかったクローンは、死んでも、生き残っても、すべて処分していました。しかし今では、動物愛護などの観点から、殺さずに保護しているのです。そして最近、富裕層のあいだでは、こういった不完全クローンをペットとして飼うのがひそかなブームとなっているのです。どうです、この機会にあなたもおひとついかがですか。ただでさえ、貴重なクローンです。それがご自身のクローンだなんて、こんな機会はめったにありません。なあに、大丈夫、今回のようにあばれることがないよう特別な処置をしておわたしします」
「なるほど。いいだろう。では、そいつをもらおう」
「お買い上げありがとうございます」
こうして私は、私を飼うことになった。適切な処置がされたからか、今はめっぽうおとなしい。
しかし、いつ、また自我にめざめ、私を殺していれかわろうとするかわからない。
そう思うと、一日一日を大事に生きようという気になるのだ。
そういえば、少し前に、クローンペット専門誌が取材にきた。自分のクローンを飼っているめずしさから、多くの愛好家から注目された。
だが、もはやそんなことはどうでもいい。
私は、人の目など気にせず、ただ与えられた命をまっとうしている。
そしてそのことに、心から感謝している。
私は今日も生きのびた。これが幸せということなのかもしれない。
(了)
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