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○番外編○ プレオープンという名の、宴会
戻ってきた日は夕方近かったのもあり、そのままイウォールとのんびりし、翌日は仕込みをおこなった。
ひさしぶりの厨房に戸惑う部分もあったが、1時間もしないうちにいつも通りに動けたことに、莉子は喜んだが、体力がかなり落ちていることがわかった。
「さすがに3週間は長かったですね……」
「こちらとしては、もう少し休んでもよかったんだが……」
「いやいや! はぁ……この体の感じ、明日のプレオープン、筋肉痛で迎えそうです」
「なら、私特製のスープを、夕食で食べようか」
「……ね、やっぱり、そのスープ、なんか入ってますよね? 何入ってるんですか? ね? 無言が怖いんですけど! 怖いんですけど!?」
──そんな翌日を終え、本日プレオープンとなる。
「今日の納品は、酒類と肉、あとは野菜……いや、全部ですね……」
莉子は発注書を見つつ、コーヒーを飲み込むが、苦い顔をする。
量の多い納品の日が実は嫌いなのだ。
冷蔵庫に入れるもの、冷凍庫にしまうもの、在庫を確認してからしまうもの、など、面倒だからだ。
「今日使う分ぐらいだろ。それほどじゃない」
「業者が4つ来るのが、心の負担です」
「……え」
「え、じゃないです。基本、2つ業者が交互に来るようにしてたんですよ、嫌すぎて」
「なかなかだな」
莉子はトーストを頬張りながら、時計を見上げた。
「ケレヴさんは何時入りですか?」
「今日は昼からだろ? だから10時ごろには来るそうだ。トゥーマも一緒だ。アキラはエリシャとカーレンを迎えにいくといっていた。あ、今日はセナも来るのか?」
「あいつも来ます。すっかりエリシャさんとカーレンさんと仲良しです。なんか、エルフの友達できて嬉しいみたい」
莉子がエルフ化したことで、少し環境に変化があった。
それは、近くにいる人に、エルフ語が翻訳されるということだ。もちろん、日本語がエルフ語にも翻訳もされる。
どうも莉子の魔力と、手のひらに残った髪留めの欠片の作用らしい。
コンダクターの至が持っている、魔力が宿った鈴。これも、至の周りにいる人間とエルフの言葉を翻訳する機能がある。だいたい半径15m程度とはいっていたが便利なものだ。
莉子はそれよりも範囲が狭いが店内程度であれば問題ない。
そういうことで、莉子を挟んでであれば、イウォールも人間と会話することができ、もちろん、セナもエルフと会話することができるのだ。
「リコ、食材に発注もれはなさそうだ」
「そうですね。納品まで、ちょっと待ちましょうか」
もう7月も終わり、お盆も過ぎたところ。
まだ夏の色は強い。
そこで、なにでおもてなしをしようか、イウォールと散々話し合い決めたのが、『バーベキュー』である。
外に焼き台を作り、そこでお肉を焼いてビールとワインをたらふく飲もうという、ちょっと手抜きなおもてなし。
……ではあるが、夏に似合うのはバーベキュー!!!
焼き担当はケレブとなっている。
彼はバーベキュー奉行らしい。
「よ! カフェにお前らの顔があると、安心するな」
予想の時間よりも早く来たケレブが店に来るなり、イウォールと莉子を見て笑っている。
その後ろから大きな荷物を抱えてきたのはトゥーマだ。
「リコー、焼き台、どこに置いたらいいー?」
テラスを開くと、実は中庭がある。
林に囲われているが、その囲う林もカフェの敷地になる。
おかげで外からは見えない中庭だ。
庭の造りはイギリス式だと祖父はいっていたが、本当のところ莉子はわからない。
ただ土が見えないぐらいに植物が植えられ、それぞれ好き勝手に花が咲いている庭だ。季節ごとに咲く花が変わり、色も変わり、莉子のお気に入りでもある。
だが莉子は育てる才能が全くないため、月に1度、プロに庭の管理をお願いしている。この経費も実はバカにはならないが、自分ができないのだから、しょうがない。
ちなみに莉子は小さな頃、その中庭で、1人キャンプ、今で言えばソロキャンをした記憶がある。
カフェの経営の関係で、どこにも連れて行ってもらえなかなったからだ。
ただ、なかなかに面白かった。
蚊には、かなり刺されたが。
「こんな場所あったんだなぁ」
トゥーマが焼き台を設置しながら、炭を敷き詰めている。ケレヴはカフェ用の大きなパラソルを並べ、テーブル、イスとセッティングする後ろを、莉子が横切った。
「意外と広いでしょ? そこのテラスからしか出られない中庭なんですけどね」
莉子はイウォールたちにペットボトルの麦茶を手渡しながら、ぐるりと見渡した。
「リコ、ここも解放したらどうだろう?」
「そうですね……前向きに検討していきましょうか」
焼き台に炭を入れ終えたトゥーマが軍手を叩いた。
「よし、火起こしすれば、あとはオッケー」
「じゃ、炭はまだ早いから、ビールでも飲むかぁ。リコ、ビール」
「休日のオヤジみたいなの、やめてくれません? まだ10時にもなってないし、店内でジュース飲んで休んでください!」
軽食をつまみつつ、会話が止まらない。
いつも話したりしていたが、仕事がらみが多かったからだろうか。
笑って話す時間が少なかったようにも思う。
11時すぎたことで準備を再開。
ケレヴとトゥーマは火おこしを、莉子とイウォールはバーベキューの下処理などを進めていく。
12時にささしかかるころ、ドアベルが鳴る。
入ってきたのは、アキラとエリシャ、カーレン、それにセナだ。
莉子が迎えに出るなり、セナが莉子に抱きついた。
「莉子、あんたの能力を侮っていた……」
「なに言ってんの?」
「アキラくんとエリシャが通訳してくれたから、カーレンと喋れたけど、めっちゃ大変だった。めっちゃ大変だった!」
「2回言わなくてもいいし」
「いっつもあんたいたから会話に不自由してなかったんだな、って、改めてあんたの良さを理解したよ……」
「ホンニャクコンニャクみたいな役割じゃない、それ」
「さ、莉子、私のそばから離れないで!」
「いや、カフェぐらいは大丈夫だし」
「そなの? じゃ、外、先行ってるわー」
「慌ただしいやつ……」
莉子がどっと肩を落とすと、次に抱きついてきたのはエリシャだ。
それにくっついて、カーレンも抱きついてくる。
「私がきたわーーーー! リコのカフェが再開するのね! 楽しみにしてたの!」
「……楽しみにしてた……今日、すごく楽しみだった……」
「エリシャさん、カーレンさん、ありがとうございます。もうお肉の準備してますから、早速始めましょうか」
莉子がテラスから中庭への移動を案内していると、後ろではアキラがイウォールの手伝いをはじめている。
「マスター・イウォール、これ運べばいいです?」
「すまない。こっちのサラダも頼む」
早速と、乾杯も適当に開始したバーベキューだが、男性陣と女性陣で分かれた席となっている。そのテーブルを挟んで焼き台がある。
イウォールは滝のように汗が流れるからか、常にビールを片手に肉を焼き続けている。
その焼き台の前に並ぶのはカーレンだ。
皿を持って待つ姿は可愛い。
だが、カーレンのせいなのか、火が弱くなりやすいようで、ケレヴは調整が難しそうにしている。
それを見かねてトゥーマがカーレンの皿を取ると、
「カーレン、席に運んでやるよ。座ってろ」
「……お肉、選びたい」
「どれも同じだって」
「……こっちのほうが、よく焼けてる……」
「お前、コゲ専? オレと同じじゃん! じゃ、よく焼けたやつ持ってく」
「……わかった。任せた……」
莉子は追加の肉を運びながら、あの2人、いい感じね。と眺めていると、エリシャに腕を引っ張られる。
「リコも座って! お話しできないじゃなーいっ」
今日は店主とお客の垣根はないことになったようだ。
それぞれに動き、それぞれに食べて飲む、という自由型になってしまった。
莉子とイウォールもそれに甘えることにし、それぞれに楽しみだすが───
「って、お前、ヤってねぇのかよ!」
ケレヴの声が響く。
同じく、セナの声も上がった。
「乙女か!? どこの乙女よ!!! 25だろ?」
「まだ24ですけど」
というのも、みな、イウォールと莉子の距離が縮んでいることに気づいていたのだ。
『大人の仲になったんだな……』
と思っていたからこそ、遠回しに、「部屋は一緒でしょ」と聞いたセナに、莉子が首を横に振ったことが発端だ。
「一緒に寝たりとか……」
「なんで一緒に寝るの?」
この台詞からの、乙女発言だ。
イウォールはイウォールで、
「私はケレヴとは違うからな!」
「……いや、お前さ、いくつよ? ちょっとは前進しろよ」
「いいや、そういうことは、婚儀を交わしたあとだろう」
「マジかよ! 古っ! つうか、それなら、異世界に帰らなきゃだめだろ」
「それもそうだな……リコも異世界に行ってみたいって言っていたし、計画するか……」
その計画に、トゥーマとアキラの目が輝きだした。
「みんなでむこうに帰るの、楽しそうだね、トゥーマ」
「そうだな! 日帰りでもいいし。あ、リコには湖みせてやりたいなぁ」
「うちの領土の?」
「あったりまえだろ?」
莉子とイウォールはものすごい進展をしたと思っているのだが、周りにはまだまだ『じれったい』が続きそうだ。
夜は長い。
彼らのバーベキューはだらだらと続いていく。
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