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第48話 夜中の来訪者
もう、23時を回ったところだ。
薄暗いカフェの扉を叩くのは、よほど困った人か、そうじゃないか、しかない。
しかも後者の場合は、間違いなく、犯罪が関係してくる。
この木製のドアには窓がなく、誰がその扉を叩いているのかはわからない。
ただ叩き方は穏やかで、さらに言えば、音は小さめだ。
一瞬にして静まった店内だが、空気が張り詰めるのがわかる。
すぐに腰をあげたのはケルヴだ。
「俺が出る」
その前を遮るようにトゥーマが動く。
「ケルヴだと強盗も逃げるだろうから、オレが出て、油断させた隙に捕まえようぜ」
トゥーマは扉の向こうにいる人を強盗と決定したようだ。
アキラは呆れたようにため息をついてみせる。
イウォールは2人に向けて、指を鳴らした。
「1分だけ盾の魔法をかけた。その間に片付けてくれ」
攻撃魔法ではないため、使っても咎められることはない。
2人は準備万端と、肩をまわし、首をまわし、扉のノブに手をかけた。
トゥーマがゆっくりと扉を開くと、そこにいたのは───
「……エリシャ……?」
トゥーマの声が裏返る。
すぐ後ろに待機していたケレヴは腰を抜かす勢いだ。
「なんでお前がここにいんだよっ!」
その声に扉の前の女性、エキゾチックなイヤリングを下げたエルフが声を荒げた。
赤いヒールをカツンと鳴らし、店内に踏み込むと、ケレヴに人差し指を向けた。
「それはこっちのセリフ! ちょっと、オーナーはどこよっ? あたしはオーナーに用があんの!」
「てめぇなんか用があるわけねーだろ。ラハに寝返りやがってっ」
「あたしは自分の力の価値を認めてもらえるところに行くだけ! これだけ魔力があったって、バっっカみたいに魔力のあるイウォールがいるせいで私の出世は全くなし! そんなの、自分の価値を生かせる場所にいくしかないじゃないっ」
鼻先がくっつきそうなほどにいがみ合う2人を割るように、イウォールの手が伸びる。
「……エリシャ、すまない。バっっカみたいに魔力があるばかりに……」
半歩、飛ぶようにのけぞったエリシャだが、イウォールに一瞥すると、すぐにケレヴに向き直った。
「……だから、オーナー出してって。私、噂で聞いたの。オーナーがエルフ語わかるようになったって」
「それでこの時間に来てどーすんだよ!」
「閉店後に来れば、ゆっくり話ができるじゃないっ」
怒鳴り合う隙間を縫って、2階からの足音が力強く近づいてくる………
「うるさぁぁぁぁいっ!!!! 一体何事ですか!? 近隣に迷惑はかからないですが、私が迷惑ですっ!!!!!」
Tシャツにスエット姿の莉子がいる。
青筋を立てる莉子だが、イウォールには新鮮に映ったようだ。
「リコ、リラックスしているときの格好もかわいいな。いいと思う。いい。いい!」
「うるさいです、イウォールさん!…………? あれ? いつもモーニングの時間に来てるエルフさん……?」
ようやく新しい顔を見つけた莉子だが、彼女の表情が子犬のように明るくなっていく。
「……オーナー! エルフ語わかるようになったのね! これでもっとたくさんお話できるー!!!」
抱きつかれたが、彼女もエルフ。190㎝はあるようだ。
まるで大型犬に懐かれた子どものような状況に、莉子の体はガチリと固まる。
それに反応したのはイウォールだ。
「私のリコに何をする、エリシャ! そんなに簡単に抱きつけるなんて、羨ましいっ!!!!」
エルフの声は体が大きいいからか、頭の芯まで届く気がする。
莉子は大きく息を吸い込むと、
「みなさん、テーブルに着いてくださいっ!!!!」
(いいかげんにしろよ、エルフ共!!!! 人間なめんなよっ!!!!)
今までにない大きな声を張り上げた。
だがそれは怒りという心のこもった声でもある。
増幅された魔力のおかげで、丁寧な言葉のうしろにかくれた心の声もはっきりと聞こえた。
怒られ慣れないエルフたちは大きな体を縮めると、いそいそと席につくのだった。
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