第5話 新規のお客様

1/1
前へ
/85ページ
次へ

第5話 新規のお客様

 ───立ち退きは、7月31日となっている。  あと4週間でどうしろと……。  莉子はカレンダーを睨むが、日数が伸びる訳もない。  ランチタイムとなる11時を過ぎたころ、ここのカフェの席は埋まっていく。  常連の靖也は、ランチを食べたあと昼前に退散するのがいつもの流れだ。 「莉子ちゃん、頼むね」 「Aランチですね。今、用意しますね」  いつも通りにしようとしても、ため息がもれてしまう。  気分の切り替えに、もう一度だけゆっくりとため息を落としたとき、ドアベルが鳴った。  重い扉を押して入ってきたのはスーツ姿のエルフ、2人組だ。  初めての、エルフのお客様だ……  そう思うと莉子は一瞬身構える。  立退きの件のせいではない。  言語に問題があるからだ。  モーニングに来てくれるエルフの女性のように、片言でも話してくれると少しは気持ちが楽なのだが、なかなかそうはならないのが現実。  身振り手振りを考えながら、いつもどおりに白シャツの襟を正し、黒い腰巻きエプロンで手を拭って銀トレイを手に持つ。淡いブラウンのグラスにレモン水を注ぐと、木目の綺麗な4名掛けの席へと案内する。 「こちらへどうぞ」 「アリガト」  黒髪に青目のエルフの青年が応えてくれた。切れ長の目がクールで爽やかで、なにより所作が美しい。漆黒のスーツも細身の体にすっきり馴染み、キリっとした美男子を体現している。  ただエルフで黒髪は珍しい。昔見た番組で『黒髪のエルフは王族』という情報があったが、昔すぎて信憑性は低い。  向かいに腰を下ろした金髪の青年は、ちょっぴり垂れ目。それが物腰やわらかで、なにより金色の目が優しい色だ。濃いネイビーのスーツが着こなされ、ネクタイを緩める指もしなやかだ。  造形美をながめる気分に浸っていると、金髪の青年がメニュー表を手に取り、莉子を見上げた。 「僕たち初めて来まして、こちらのおすすめはなんですか?」  あまりの流暢な日本語に莉子は卒倒しそうになる。  こんなに上手に日本語を話せるエルフがいるなんて………! 「え、えっと、うちはランチは2つのみなんですが、おすすめとなるとビーフシチューですね。ランチのAセットなんですけど……」  メニューカードを裏返してあるのがランチメニューになる。  Aセットのメニュー内容は、ビーフシチュー、サラダ、パン、ドリンク付きで税込1,800円となっている。  ちなみにBセットのメニューは日替わりパスタ、サラダ、パン、スープ、ドリンク付きで税込1,000円。  Aセットは多少お高めだ。  小鳥のさえずりのようなエルフ語で2人はなにやら会話をまとめると、金髪の青年が笑顔をむけた。 「Aセットを2つ。食後にホットコーヒーをお願いします」 「かしこまりました」
/85ページ

最初のコメントを投稿しよう!

83人が本棚に入れています
本棚に追加