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第5話 新規のお客様
───立ち退きは、7月31日となっている。
あと4週間でどうしろと……。
莉子はカレンダーを睨むが、日数が伸びる訳もない。
ランチタイムとなる11時を過ぎたころ、ここのカフェの席は埋まっていく。
常連の靖也は、ランチを食べたあと昼前に退散するのがいつもの流れだ。
「莉子ちゃん、頼むね」
「Aランチですね。今、用意しますね」
いつも通りにしようとしても、ため息がもれてしまう。
気分の切り替えに、もう一度だけゆっくりとため息を落としたとき、ドアベルが鳴った。
重い扉を押して入ってきたのはスーツ姿のエルフ、2人組だ。
初めての、エルフのお客様だ……
そう思うと莉子は一瞬身構える。
立退きの件のせいではない。
言語に問題があるからだ。
モーニングに来てくれるエルフの女性のように、片言でも話してくれると少しは気持ちが楽なのだが、なかなかそうはならないのが現実。
身振り手振りを考えながら、いつもどおりに白シャツの襟を正し、黒い腰巻きエプロンで手を拭って銀トレイを手に持つ。淡いブラウンのグラスにレモン水を注ぐと、木目の綺麗な4名掛けの席へと案内する。
「こちらへどうぞ」
「アリガト」
黒髪に青目のエルフの青年が応えてくれた。切れ長の目がクールで爽やかで、なにより所作が美しい。漆黒のスーツも細身の体にすっきり馴染み、キリっとした美男子を体現している。
ただエルフで黒髪は珍しい。昔見た番組で『黒髪のエルフは王族』という情報があったが、昔すぎて信憑性は低い。
向かいに腰を下ろした金髪の青年は、ちょっぴり垂れ目。それが物腰やわらかで、なにより金色の目が優しい色だ。濃いネイビーのスーツが着こなされ、ネクタイを緩める指もしなやかだ。
造形美をながめる気分に浸っていると、金髪の青年がメニュー表を手に取り、莉子を見上げた。
「僕たち初めて来まして、こちらのおすすめはなんですか?」
あまりの流暢な日本語に莉子は卒倒しそうになる。
こんなに上手に日本語を話せるエルフがいるなんて………!
「え、えっと、うちはランチは2つのみなんですが、おすすめとなるとビーフシチューですね。ランチのAセットなんですけど……」
メニューカードを裏返してあるのがランチメニューになる。
Aセットのメニュー内容は、ビーフシチュー、サラダ、パン、ドリンク付きで税込1,800円となっている。
ちなみにBセットのメニューは日替わりパスタ、サラダ、パン、スープ、ドリンク付きで税込1,000円。
Aセットは多少お高めだ。
小鳥のさえずりのようなエルフ語で2人はなにやら会話をまとめると、金髪の青年が笑顔をむけた。
「Aセットを2つ。食後にホットコーヒーをお願いします」
「かしこまりました」
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