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第50話 ♦閑話♦初めての2人きり
夜遅くまでの話は、いつの間にかエルフの土地の思い出話に変わっていた。
それこそ、アキラとトゥーマの幼少のころや、イウォールとケレヴの若かりし頃のこと。さらには、イウォールとケレヴ、エリシャの学園時代のこと。
その頃にケレヴとエリシャは付き合っていたことも……。
莉子はケレヴとエリシャの関係を聞いて、まだケレヴの方が未練があるのでは、と、踏んでいる。……これは、店長の勘だ。
どれも苦くとも懐かしく、微笑ましくて、莉子は、自分にそんな過去があったかと思ってしまったほど。どれも慌ただしくて、思い出が見つからなかったのは、言わなかった。
お茶を3杯飲み終えたあと、エルフ5人が言ったことは、
「「「「「絶対、ここは守る!」」」」」
強い団結をしながらも、イウォールとの対決は絶対なようで、
「覚悟しなさいよ! こっちは秘密兵器、投入するんだからっ!」
エリシャは台詞を吐き捨て、帰っていった。
トゥーマとアキラ、ケレヴもあとを追って帰ったあと、莉子とイウォールはいつも通り、店の片付けをし、就寝したのだった。
───のんびりと起きたつもりだったが、それでも朝の8時だ。
もう少し寝ても良かったが、ダラダラと寝てるのも勿体ない。
莉子はコーヒーを飲みに厨房へおりていくと、すでにイウォールがコーヒーを飲みながら、新聞を読んでいた。
相変わらずの美人だが、莉子をみた途端に彼の顔はぐにゃぐにゃに溶けてしまう。
「リコ、おはよう。休みのリコもかわいいな」
「はいはい。イウォールさんもお綺麗ですよ」
「リコ、昨日は遅かったのに早起きだな」
「それはこっちのセリフです。すみません、起きるの遅れて」
莉子は残りもののガトーショコラを頬張り、イウォールに言うが、イウォールは小さく首を振った。
「私もさっき起きたばかりだ。さ、リコ、コーヒー、いれようか」
もう慣れたもので、手早くコーヒーの準備をすすめていく。
靖さん曰く、莉子のコーヒーはほっこりコクのあるコーヒーで、イウォールのコーヒーはさっぱり酸味を感じるコーヒーなのだとか。
同じ豆で、同じようにいれているのに味が変わるのが、本当に不思議になる。
「ありがとう、イウォールさん。人にいれてもらうコーヒーって美味しいですよねぇ」
「私の愛情がこもってるからな」
「そうですね」
少し前なら何かしらのリアクションがあったのが、慣れなのか、諦めなのか、莉子のリアクションはおだやかだ。
「リコ、今日の予定は?」
「今日は少しのんびり。あと、イウォールさんをどうするか考えます」
「わ、私は屈しない!」
「いや、ちょっとは屈してくださいよ……イウォールさんが日本語わかれば、表に立ってもらってもいいんですけど」
「リコが裏方になるなら、私も裏方になる!」
「それじゃダメって言ってるでしょ……」
莉子はコーヒーをすすりながら、エリシャの言っていた、秘密兵器が気になっていた。
「あの、イウォールさん、エリシャさんが言ってた秘密兵器って、何か心当たりあります?」
「ないな」
「即答ですね」
「だが、あのエリシャのことだ。油断はできない……」
「そうなんですねー」
ひとり深刻そうに話すイウォールをおいて、莉子はノートパソコンと伝票を取り上げた。
「お昼は各自適当にしましょうか。あたしは裏のテラス席でコーヒー飲みつつ、伝票整理します」
「なら、私も手伝おう。私は莉子といっしょがいい」
「……はいはい。じゃ、金曜から月曜までのパスタメニュー考えてもらってもいいですか?」
ノートを手渡すと、イウォールが驚いている。
そのノートには今年分のランチメニューが書かれていたからだ。
「毎回記録してるのか……」
「当たり前でしょ? メニューがかぶるといけないし、少し目新しい感じのものとかもやってみたいし。あ、でも在庫によっては変更してますけどね」
「なるほどな。わかった。私なりに考えてみよう」
同じ丸テーブルに腰掛け、夏の日差しを曇りガラスが和らげてくれる。
エアコンを効かせれば、ほどよい温度のテラスになる。
「良い天気ですね、今日も」
このテラス席は通常開放していない。
カウンターから見えない位置にあるからだ。
代々引き継がれてきた観葉植物を置くスペースなのだが、お休みの日はどいてもらい、莉子が座る席を確保する。
今日はイウォールもいるので、観葉植物の移動は多めだ。
「リコはタイピングも早いんだな」
「そんなことないですよ。慣れです、慣れ」
淡々とパソコンに数字を打ち込む作業を繰り返すが、向かいに座るイウォールはぬるくなったコーヒーを飲み干し、ペンを眉間に当てて悩んでいる。
「イウォールさんでも悩むんですねぇ」
「この店は私にとって、大切な場所だからな。恥じない、そしておいしいメニューを考えねば」
「……なんか、不思議です」
「なにがだ?」
「たまたま来た店が、大切な場所になるなんて……」
「長い時間をかけて大切な場所になることもあれば、衝撃的な感動をして、大切な場所になることもある。観光地などはそうだろう?」
「確かに、そうですね……」
莉子もぬるくなったコーヒーを飲み干し、うなずいた。
だからこそ、もっと、大切な場所にしていかないと。今月で終わってしまっても、だ。
莉子が改めて決意を固めたとき、イウォールが呟いた。
「……ああ、2人きり、なんだな……。……幸せな時間だな」
本当に幸せそうに、イウォールが微笑んできた。
それをキレイだなぁと莉子は思うが、そうか、2人きりなのか。とも思う。
意識しないようにしていたが、そう言われると、妙に意識してしまうではないか……。
「リコ、どうした? 熱でもあるのか?」
気恥ずかしさで頬が赤く染まったようだ。
それを見つけられ、さらに赤くなってしまう。
そっと額に伸ばされる手が優しくて、そして、少しひんやりとして、莉子は慌ててその手をとった。
「だ、大丈夫です。問題ないです。大丈夫です!」
「そうは言っても、人の体はもろい。今日は消化に良いものを食べて、ゆっくり眠ったらどうだ? ……あ、昼はリゾットにしよう。それがいい」
イウォールは言いおわらないうちに立ち上がり、昼の準備に動き出す。
「ちょ、イウォールさん?」
「リコ、できるまで部屋で休んでいるかな? 大丈夫だろうか……?」
「だから、大丈夫ですってば!」
「無理はいけない。なら、そこで少しゆっくりしていてくれ。これから、私が、それはおいしい野菜たっぷりのリゾットを作ってくる。楽しみにしていて欲しいっ」
ひとりルンルンで厨房へ向かっていくのを眺めながら、莉子は思わず吹き出していた。
まさか自分を看病していくれる人が現れるとは思っていなかったからだ。
「……ありがたい、ね」
夏ではあるが、木々の隙間から流れてくるやさしい日差しが心地よい。
莉子は作業を進めながらも、今日みたいな日が、もう1日ぐらい、体験できても良いかもしれない。
そう願ってしまう。
「夜ご飯は、あたしが作ろうかな……」
──そうならなかったのは、言うまでもない。
過保護な日は、徹底的に、過保護になるもの。
だが、それでも楽しい1日であり、休みとなったのは、間違いない。
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